事務所に入っただけで、安心してはいけない
明田川:うーん。僕が「こうやったほうがいいよ」と言ったとおりにやってもなれるとはかぎりませんからねえ。僕個人としては、養成所にいくよりも劇団で苦労したほうがいいんじゃないかなと思うときがあります。多方面にわたって「芝居をやる」ことに徹することができて、しかも舞台は人に見てもらえる表現の場でもある。「そういうことができたほうがいいよ」とは、わりと話すことがあります。もうひとつよく話すのは、事務所に入れたとしても、そこで安心したらダメですよと。そこがスタートなんだからということもよく言います。
岩田:(深くうなずきながら)ほんっとにそうですよね。声優事務所に、預かりや准預かりで入って、もうゴールだと思ってしまう人たちが本当に多くて……。いやいやいや、まだスタートにも立ってないぞと。そこからまずは端役をつかんで、仕事をはじめたところからが、やっとスタートだと思います。会社によってはそうでないところもありますけど、基本、声優業界の事務所は問屋ですから。
明田川:なるほど。
岩田:僕は、事務所を問屋のようなものだと考えています。そのなかで、総合問屋のような青二プロダクションもあれば、何かしらのジャンルに特化した事務所もあって、“商品”である僕ら声優を、どこに売ればいいかが仕事ではないかと。では、その問屋のなかで自分をどの棚においてもらうかってことになりますよね。そのときに、商品として自分のどこが売りで魅力的なのかということを、どれだけ自覚できるかが大事だと思うんです。
今の例えでいいますと、あくまで問屋は卸すだけであって、自分自身の商品価値がなければ卸してもらえない可能性すらある。そこを勘違いしてはいけないと思います。事務所に入って「やった、レールに乗った」と思ってしまう人が多いのは心配になります。これは、専門学校や養成所に入るときも同じことがいえます。無自覚にただ入れば大丈夫だろうと思うのではなく、「声優とはどんな職業なのか」を自覚すれば、おのずと「そこに入って何をやるか」の意味が分かるはずなんですよね。
明田川:学習能力の高い人は、養成所のときから、そのあたりのことをよく分かっていますよね。
岩田:例えば養成所に入って、このままでは自分の商品価値があがらないと感じていたら、明田川さんが言われたように小劇場の舞台でもまれてくるのもいいと思います。こうした自覚は「若いから仕方ない」ではすまされないと僕は思っていて、分かる人は年齢関係なく分かるはずだと考えています。
明田川:僕は、その人のターニングポイントになるようなことをするよりも、その人自身が自分で何かを見いだして、どんどん変化して成長していく過程を見るのが好きなんですよ。
【プロフィール】
明田川進(あけたがわ・すすむ)
音響監督。1941年東京生まれ。株式会社マジックカプセル会長、日本音声製作者連盟理事。専修大学経済学科在学中の63年に虫プロダクションに入社し、67年に『リボンの騎士』で音響監督デビュー。虫プロ退社後、グループ・タックの設立に参加し、サンリオ映画部などを経て、自身が設立したマジックカプセルでの業務を本格的にスタートさせる。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は『AKIRA』『銀河英雄伝説(OVA版)』『カスミン』『グイン・サーガ』など多数。
岩田光央(いわた・みつお)
声優。青二プロダクション所属。主な出演作に、『AKIRA』(金田役)、『ONE PIECE』(イワンコフ役)、『ドラゴンボール超』(シャンパ役)、『EDENS ZERO』(モスコ役)、『呪術廻戦』(伊地知潔高役)など。著書『声優道 死ぬまで「声」で食う極意』(中央公論新社刊)。
