『小さな嘘つき』(パスカル・ロベール=ディアール 著/伊礼規与美 訳)早川書房

 舞台はフランス郊外の小さな町。2017年にその町で起こったとされるレイプ事件の控訴審が始まるというところから物語が始まる。被害を訴えた女性リザは当時15歳だったが、序盤で20歳になっているので5年が経過している。

 リザが控訴審から弁護を依頼するのが本書の主人公、50代の女性弁護士アリスだ。しかし、事件の真相は読み始めてすぐに判明する。リザはレイプ事件をでっちあげていたのだ。

 本書は事件の真相を主人公が暴いていくようなサスペンスではない。何故リザは嘘をついたのか? いや、リザに嘘をつかせたのは何だったのか? リザが嘘をついた背景をアリスを含むリザの周辺がどのように受容するのか(あるいはしないのか)? それをアリスはどのように陪審員たちに説明するのか? そもそもアリスはそこまで説明する責任を負うのか? 何故アリスはそこまで説明を尽くそうとするのか? ……そのアリスの心の揺れ動き、過程こそが核心である。

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 もちろん、作者は「被害者」だったはずのリザが、実は冤罪被害者に対する「加害者」だったという指摘もおろそかにしない。「15歳の少女に対するレイプ犯」とされ、1審では懲役10年の刑を宣告されていた労働者男性のマルコは職場に長く定着できず、女性ともうまくいかず、前科があり(ただし性犯罪の前科はない)、バイセクシャルでもあった。このような属性を持つ人が冤罪に陥れられる構造をさりげなく明らかにする。さらに冤罪は、被害者供述を絶対視して突き進む捜査機関とこれに気付かない(気付こうとしない)裁判所が「作り出すもの」であることも明らかにしている。日本でも同種の事件はいくらでも想起可能だ。

 ここで「嘘をつくのが悪いんだ」とか「嘘をついてまで人を冤罪に陥れるなんてありえない」と感じる人はたくさんいるだろう。そう感じる人は、事実が単純化できると考える傾向があると思うので、そういう人ほど是非読んでほしい。不都合な「事実」の存在を否定し、都合の良い「ストーリー」を作りたくなる欲望にはどんな年代、どんなジェンダーであれ抗い続けなければならないと本書は強く訴える。

 ただし、「事実」を正確に把握するためには、現実社会のジェンダー不平等や都市と地方の格差についての見識も必要だ。作者がジャーナリストでありながらフィクションという形式を選択した理由も、これを多くの人に説明するにはこの形がベターだと判断したためだと思われる。

 私は50代女性弁護士のアリスにも共感したが、リザにもかなり共感を覚えた。10代の早い頃から胸が大きいことに振り回されたのはリザだけではない。私も同じだ。世界中のリザが嘘をつかずに自分の人生を選択できる世の中になるように、心からの祈りをこめて。

Pascale Robert-Diard/1961年生まれ。ジャーナリスト、作家。ル・モンドの政治記者を経て同紙の法廷コラムニストとして活躍。一方でエッセイや実録小説を多く執筆。本書は、ゴンクール賞やアンテラリエ賞ほか多数の文学賞にノミネートされた。
 

みわふさこ/1976年生まれ、京都府出身。弁護士。セクハラや性被害などの問題に積極的に取り組んでいる。メディア出演多数。

小さな嘘つき

パスカル・ロベール゠ディアール ,伊禮 規与美

早川書房

2025年6月18日 発売