生徒たちを教え導く立場のコーチがなぜ性加害を行ったのか……。2008年(平成20年)に起きた、フィギュアスケート教室コーチによる強姦事件。同事件の背景を前後編に分けてお届け。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/後編を読む)

写真はイメージ ©getty

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フィギュア界の重鎮が教え子の中2少女を強姦

 井伏浩二(当時56)は国内の有名スケート選手なら誰もが知る男だった。かつては自身も五輪候補になるほどのスケート選手だったが、大学卒業後は指導者に転身。五輪メダリストを育てたコーチらと後進の指導にあたり、全日本のインストラクター協会の幹部になった。その指導ぶりには定評があり、事件前に悪い噂が立ったこともなかった。

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 その井伏が指導するスケート教室に被害者のA子(同13)とその妹(同8)が入ってきたのは事件の1年前のことだった。母親(同39)もかつて井伏の教え子だった。大学を卒業したばかりだった井伏のスケーティングは華麗で、「自分の子どもたちもぜひこの人に指導して欲しい」と母親が心に決めていたのだ。

 当時、A子はバレエも習っており、しなやかな演技は将来の素質を感じさせるものだった。中1にして身長160センチあり、氷上に立った姿は大人の女を感じさせた。

 A子は幼くして父親がいなかったこともあり、妹と2人で井伏にベッタリと甘えていた。中2の春、A子の祖母ががんで入院することになり、その世話で母親がかかりっきりになると、A子と妹は井伏の自宅に預けられた。

 その家には井伏の妻もいたが、まるで実の子のように、井伏が帰宅すると、「お帰りなさーい」と言って抱きつき、妹と2人で井伏の取り合いをしていた。井伏が近所の居酒屋に行くと、必ずA子も付いて行き、堂々と酒を注文していた。

「未成年なんだから、ジュースにしなさい」

「いつも飲み慣れているから大丈夫よ」

 A子の母親はバーに勤めており、小学生の妹ですら、水割りを作る知識があった。カウンターで、大人っぽい服装をして、梅酒や焼酎を飲んでいるA子の姿は、常連客らが「とても13歳には見えなかった」と口を揃えるほどで、会話の内容も大人びていた。店のマスターはA子が常連客の男性とこんな会話をしているのを聞いたことがあった。

「あの店員の女の子、彼氏おるんかな?」

「あの子はまだ男知らんでしょう。くさそうやし……」

「そんなこと分かるの?」

「分かるわよ。まだ処女だからダメ!」

「よく知ってるんだね」

「アハハ……、男なんてチョロいもんよ」