一方、「ジークアクス」におけるシャアは、自ら赤いザクを駆ってサイド7に向かう。そして、コックピットを開放したままアイドリング中だったガンダムに乗り込むのはアムロではなくシャアなのだ。シャアは初めて搭乗したガンダムを巧みに操り連邦軍のモビルスーツを撃破。ガンダムらの母艦「ペガサス(ファーストガンダムにおけるホワイトベース)」の艦橋を焼き払い、ガンダムとペガサスの両方を強奪する。連邦軍の最新鋭兵器システムをまるごと手に入れる大戦果を得たシャアは心の中でこうつぶやく。「私の運がよかったのかな。いや、あの時のひらめきがすべてを変えた気がする――」。

「機動戦士ガンダム」のテレビ放映30周年記念で製作されたガンダムの巨大立像(2009年、東京・品川区の潮風公園) Ⓒ創通・サンライズ、時事通信社

 シャアの本名はキャスバル・レム・ダイクン。ジオン共和国の建国者ジオン・ズム・ダイクンの息子だ。父ジオンはザビ家に暗殺され、幼いキャスバルは父の側近ジンバ・ラルの手引きで妹と共にジオン公国を脱出した。キャスバルは成長後、ザビ家への復讐のため「シャア・アズナブル」という名でジオンに帰還。軍に入ったシャアは士官学校では事実上の首席でザビ家の四男ガルマ・ザビとも親交を結ぶ。そしてジオン独立戦争が始まるや、モビルスーツ・ザクのエースパイロットとして急激に頭角をあらわし、ルウム戦役では単独で5隻の戦艦を沈めて「赤い彗星」との異名をとる。

「機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)」

 自らの出自がばれてザビ家に殺されかねないぎりぎりのリスクを取りつつ、常に最大戦速で自らの運命を切り開き、野望の成就へと突き進む――。それがシャアという男の本質だ。「連邦軍のモビルスーツ計画を発見する」というチャンスを最大限に活かそうとするならば、普通の指揮官と同じように安全な母艦にとどまる「ファーストガンダムのシャア」よりも、自ら火中の栗を拾いに行く「ジークアクスのシャア」の方がずっとシャアらしいではないか。

ADVERTISEMENT

シャアと山本五十六

 シャア・アズナブルとは一体何者か。さらに深く考えるための補助線として、ここで一人の実在の人物を挙げたい。大日本帝国海軍連合艦隊の司令長官として太平洋戦争に臨んだ山本五十六(1884-1943)だ。

 当時の日本の対米戦争における基本戦略は「アジアに向けて侵攻して来る米国主力艦隊の戦力を日本近海で待ち受け、戦艦を主力とする艦隊で打ち破る」というものだった。しかし、山本はこうした「艦隊決戦」自体が現実には生じない可能性を指摘。それに代えて「開戦直後、ハワイの真珠湾にいる米国艦隊を空母から発進した航空機で『猛撃撃破』し、米国海軍と米国民の士気を、回復不能なまでに打ち砕く」という作戦を提案した。敵艦隊がやってくるのをじっと待つのではなく、手持ちの航空母艦9隻中6隻を投入して敵の本拠地に殴り込みをかけ、敵主力艦隊と前線基地を一度に破壊してしまおうというのだ。途中で敵に発見されたら空母部隊は全滅する可能性もある。ぎりぎりのリスクを冒しつつチャンスを最大限にいかそうとする山本の積極果断な作戦は、まさにシャアを彷彿とさせる。

 シャリア・ブルはシャアが身にまとう「虚無」について指摘している。対米戦争を戦った山本五十六の内面にもまた、幾重にも折り重なった絶望が生みだした「虚無」があり、それが実戦における山本の消極的な姿勢へとつながった――。私はそう考えている。

この続きでは、富野由悠季氏の庵野秀明氏を分析することで、シャア・アズナブルについて考察を掘り下げています。

次のページ 写真ページはこちら