『ラスト・ブレス』
最後に紹介するのは米英合作のパニック映画だ。
『侵蝕』はプールを使った序盤の「水」の描写が抜群で、水中の重々しさ、薄暗さ、息苦しさが母親の心理的な閉塞やプレッシャーやストレスを反映したものになっていた。
この映画は、それどころではない。舞台は深海91メートル。薄暗さも息苦しさも、当然プールを遥かに凌ぐ。しかも、その息苦しさが完璧に伝わってくる。
描かれるのは、海底パイプラインの補修をする潜水士たちの物語。実話が元になっている。
3人の潜水士が海底での作業に当たっていたのだが、彼らを管理する母船が嵐を受けて制御不能に陥り、潜水士の1人は命綱が切れて深海に投げ出されてしまう。緊急用の酸素ボンベは10分しかもたない。
潜水艇から支援しようとする2人、なんとかして正常に稼働できるよう奮闘する船内のクルー、そして海底をさまよう潜水士。危機的な状況をそれぞれの最大限以上の働きをもって切り抜けようとする人々の様子が、文字通りの「息詰まる」展開の中で映し出されていく。
特に素晴らしいのは、深海の表現だ。まず、空気がない。人間には絶対に耐えられない水圧。太陽は届かず、音もない。そんな絶望的な状況を、観客がリアルに捉えることができなければ、緊張感がまるで無くなってしまい、全てが台無しになる。ここが、実に秀逸なのだ。
水の重苦しさ、光の届かない暗闇といった空間の映し方がリアルなだけでなく、音響設計も繊細に気を使っている。特に良いのは、彼が深海に投げ出された瞬間の音の演出だ。これは全ての雑音を遮断して接してほしいので、ここを味わうだけでも映画館に行く価値がある。主人公の絶望感を共有することができるはずだ。
口から小さな泡が漏れる、細かい演出も心憎い。水中へ消えていく泡の一つ一つが、主人公の命を象徴していることに気づかされるため、その死に対する切迫感が生々しく伝わるのだ。
潜水艇から必死に支援するベテラン潜水士役のウディ・ハレルソンのタフで頼りがいのある芝居が、この絶望的に重い空気に「息継ぎ」的な救いをもたらしていることも付け加えておきたい。
『ラスト・ブレス』
監督:アレックス・パーキンソン/出演:ウディ・ハレルソン、シム・リウ、フィン・コール、クリフ・カーティス/2025年/アメリカ・イギリス/93分/原題:Last Breath/©LB 2023 Limited/提供:木下グループ/配給:キノフィルムズ/公式サイト:lastbreath.jp/キノフィルムズ公式X:@kinofilmsJP/9月26日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
