高校一年生の年末に『黒蜥蜴』を観たのが、筆者にとって初めての大井武蔵野館だった――という話を前回述べた。
この時の上映は二本立てで、もう一本も続けて観ている。それが今回取り上げる『黒薔薇の館』だ。『黒蜥蜴』と同じく、監督=深作欣二、主演=丸山明宏で撮られている。
実をいえば、『黒蜥蜴』だけを観て帰る予定だった。が、そうはいかない事情ができた。
大井武蔵野館に初めて入り、一階の受付でチケットを買って二階の劇場へと上がろうとし、階段の踊り場に差し掛かった際のこと。「うわーっ!」というけたたましい悲鳴とともに、男性が二階から落ちてきた。そして、我々のいる踊り場の床に衝突する。
おそらく、階段を踏み外したのだと思われる。踊り場でうつ伏せになって倒れた男性の身体からは、血が流れていた。駆けつけてきた劇場スタッフが「どうぞ、気にせず上に行ってください」と言うので劇場に向かうことにしたのだが、思いもしない「出迎え」はあまりに衝撃的だった。
『黒蜥蜴』を観終えて劇場を出ると、踊り場では警察の現場検証が行われていた。あの悲鳴や踊り場に広がる血だまりがフラッシュバックして気分が悪くなったため、劇場に引き返すことにして、結果的に本作を観ることに。
これがまた、そうした心理状況に変に合っていた。
物語は、資産家(小沢栄太郎)の経営するサロン「黒薔薇の館」に謎の美女・竜子(丸山)が現れるところから始まる。来客たちは彼女の魔性に次々と魅了され、かつて関わりのあった男たちも未練を断ち切れずに館へやって来る。そして、ほとんどが破滅の道へと向かっていった。
今になって改めて観てみると、珍しく子ども想いの温和な役を演じる小沢や、竜子にただ一人なびかなかったはずが最後の「うらやましい」というセリフで全てを持っていく室田日出男に目が行くが、当時はそれどころでなかった。
竜子はいつも黒い薔薇を手にしていたが、そこには愛が実らずに死んでいった男たちの血が吸い込まれていた。その謂れに象徴されるように、全編が血の臭いで充満しているのだ。それは、資産家の息子(田村正和)と竜子の血まみれの死体、真っ赤に彩られた回想を経て、血のしたたる「終」の文字に至る終盤の展開で決定づけられる。
この時、劇場の踊り場と作品世界が一つに繋がっている気がしてならなかった。気分転換のつもりで観た作品で、血まみれの光景はより鮮烈に心に焼きつけられたのだ。
以来、大井武蔵野館を訪ねる時はいつも「黒薔薇の館」の門をくぐる感覚でいた。



