「妊活ガチャ」という言葉に込めた思い
本作で特に衝撃的なのは、タイトルにも使われている「妊活ガチャ」という言葉だ。1回で約100万円もの費用がかかるにも関わらず、妊娠確率は3割程度という体外授精について、美穂は言う。「受精卵を引き当てるガチャなんじゃない?」。
北見さんはこの言葉にどんな想いを込めたのだろうか。
「妊娠の機会には限りがあり、体外授精となると、身体的・経済的負担は一層大きくなります。それでも結果はやってみないと分からない面が強いんです。治療のステップを上げるたびに費用がかさみ、期待と不安で心が揺れる──。当時の私の痛いほどの実感を、分かりやすい比喩として『ガチャ』と表現しました。賭け事を推奨したいわけではなく、結果の読めなさと心の振れ幅を伝えるための言葉として受け止めていただけたら」(同上)
一体いつまでやればいいのか。一体いくらかければいいのか……。途方もない美穂のリアルな苦しみに、ネット連載時は「テレビやネット情報とは違う、当事者の実感が伝わった」など、大きな反響が届いたという。
「描いてよかったと思いました。漫画だからこそ、かかる費用への恐怖、治療がうまくいかないときの焦燥感や絶望などを具体的に可視化できたのだと思います。話が進むほど体外授精のリアルや、当時の私の気持ちを盛り込んでいます。
たとえば第8話では、元同僚から『家を買った』『子どもが生まれた』というはがきを受け取った主人公の気持ちの落ち込みを描いています。日常の何気ない出来事でも治療中は鋭く心に刺さることがあるんです。
私自身、治療を始めてからは些細なことで深く傷つき、夫に当たってしまったり、結果につながらない現実に苛立ちを向けてしまったり、他人の治療結果と比べて落ち込んだりしました。比べないことが大切と分かっていても、比べずにいられないのが現実です。そうした感情を作中に投影しているので、『わかる』と感じていただけたら嬉しいです」(同上)
「同じ境遇の人を支えたい」そんな気持ちが、漫画を描く上での何より大きなモチベーションとなった。
「不妊治療をテーマにした作品はすでに多く、『新しい切り口で描けるのか』という迷いはありました。ですが、担当編集の方に『治療方法の情報はネットで得られるが、実際に当事者が抱く気持ちや、夫婦の対話・温度差を丁寧に描くことは新しさになる』と背中を押され、描く決意を固めました。自分の体験や感情が、同じ悩みを抱える方の支えになればと願っています」(同上)

