30年前も「労災は無理」「原因は家族にある」と主張した日立造船
実は日立造船での過労死事件は、少なくとも今回で2回目だ。1回目は1993年3月に京都府舞鶴市にある日立造船舞鶴工場で大型タンカーの舵取機の設計を担当していた当時46歳の下中正さんが、「恨むならおれと会社を恨め」とのメモを遺して過労自死し、2000年に労災が認定され、遺族が会社を訴えた民事裁判は和解に至っている。
このとき、会社側は「下中くんに負担がかかっていたと思う。奥さんの就職の面倒もみます」と遺族に伝えながら、「労災の申請はとても無理です」と会社側の責任を全否定するような態度だったという(鎌田慧『家族が自殺に追い込まれるとき』)。さらに、裁判では「自殺の原因は家族にあった」と遺族に責任を転嫁する主張をしている(ストレス疾患労災研究会・過労死弁護団全国連絡会議編『激増する過労自殺:彼らはなぜ死んだか』)。
深刻なのは、過労死が起こった後に、労災を否定し会社の責任を回避しようとする対応が30年前から全く変わっていないという点だ。後述するように、企業側の「過労死はあってはならない」「従業員のメンタルヘルス対策が重要だ」と自社の労働環境が優れていることを喧伝している。だが、自社の過労死に向き合わずに対外アピールだけをする姿勢には疑問を感じざるを得ない。
相次ぐ海外派遣者の過労死
上田さんのように、海外赴任中に過労死するケースは少なくない。最近明らかになったケースだけでも、2018年にドバイで働いていた当時45歳のソニー社員が心臓性疾患で過労死したケースや、同じく2018年にラオスでダムの建設を担当していた当時49歳の大林組の社員がくも膜下出血で過労死した件などがあげられる。
なお、厚生労働省によれば、脳・心臓疾患で労災が認定された「海外派遣者」は、2020年度から24年度までの5年間で計5件。精神疾患で労災認定されたのは6件(うち自殺4件)となっている。数自体は毎年それぞれ1~2件となっているが、労災の対象となっている海外派遣者が8万241人(2023年度末時点、厚生労働省「中小企業等特別加入状況」)であることを踏まえると、少ないとは言えないだろう。
また、労災申請に至っていないケースでも、メンタルの不調を起こしたりして、自殺に追い込まれている可能性が高い。海外赴任に家族が同行している場合であれば、働き方についてまだしも把握できる可能性があるが、上田さんのように単身で赴任している場合には、遺族が「もしかして過労死ではないか」と気づく事自体が極めて困難な状況に置かれている。そして、会社側の「事故で亡くなりました」「労災ではないと思います」と言った説明によって、海外で過労死に追い込まれた数多のケースが「突然死」として扱われれば、原因が追求されないまま放置されてしまう。通常の過労死以上に「海外派遣者」の過労死は隠蔽されやすいということだ。
2023年に海外で亡くなった邦人677人のうち自死(未遂も含む)は47人と1割弱を占める(外務省「海外邦人援護統計」)。そのうち、仕事が原因で自死しているケースがまだまだ埋もれている可能性は否定できない。
後半では、「過重労働ではない」と責任回避する日立造船側の主張を覆してタイで亡くなった息子の労災認定を勝ち取るべく、直美さんが取った行動についてみていこう。