私の研究でわかったことは、「司令官」の誤った命令を止めさせる役割を持つ細胞「Tレグ」が存在するということでした。このTレグの働きが弱ったときに、「実働部隊」の攻撃が止められず、アレルギー反応が起こっていたのです。

 Tレグについて、1995年に免疫学の専門誌に発表した論文に世界中から大きな反響がありました。「免疫システムに攻撃を止める細胞が存在する」という発想は、それまでの常識になかったからです。

 Tレグの働きは、実際の病気治療でも確認できました。

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 原発性免疫不全症の一つに、アイペックス症候群という極めて稀な病気があります。自己免疫疾患、炎症性腸炎が起こり、母乳も含めて何か口に入れると100%アレルギーになるため、治療しなければ3年以内に亡くなります。その原因は、Tレグをつくるのに必要な遺伝子の異常でした。そのため骨髄移植によって体内でTレグがつくれるようになると、免疫システムが正常に機能するという治療法が可能なのです。

花粉症は「国民病」ともいわれる(画像はイメージです)©SHU/イメージマート

がん治療も変わる

 Tレグの存在が明らかになると、日本はじめ先進国でアレルギーが増えた理由も説明できます。

 先進国でアレルギーが増加した数十年間を見ると、逆に減少したものがあります。結核などの感染症です。グラフにすると、感染症の減少を示す線と、アレルギーの増加を示す線はきれいな逆相関を描きます。

 社会が衛生的になるにしたがい、細菌などを攻撃する免疫細胞の力が弱まった結果、それを制御するTレグも強い力が必要ではなくなり、徐々に弱ってきたのです。社会全体で人々のTレグが弱まっていくなかで、遺伝的にアレルギーになりやすい、境界線に近い人たちから発症したと考えられます。

 つまり、アレルギーの発症を抑えるには、Tレグの量を増やして活性化させればいいことになります。

 実は、Tレグを一気に増やすことは不可能ではありません。

この続きでは、Tレグを活用する医療について実用化の課題が語られています 初出:文藝春秋2016年7月号》

※本記事の全文(約2500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(坂口志文「花粉症を解消する新薬登場」)。他にもノーベル賞科学者の肉声を、「文藝春秋PLUS」でご覧いただけます。
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