彼らのゲノムの半分は、現代人に受け継がれている――。遺伝学者のスヴァンテ・ペーボ氏の「ネアンデルタール人は生きている」を一部転載します(文藝春秋2023年4月号より、聞き手・構成=須田桃子)

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絶滅した人類の謎に迫る

「人類」は、私たちホモ・サピエンスだけを指す言葉ではない。数万年前まで、地球上には複数の人類が共存していた。異なる人類同士は交流していたのだろうか。なぜ他の人類は消え去り、現生人類だけが生き残ったのだろう――。

 絶滅した人類のゲノム(全遺伝情報)を解読することでそうした謎に迫ろうとしたのが、スウェーデン出身の遺伝学者、スヴァンテ・ペーボ博士(67)だ。2009年にはネアンデルタール人のゲノムを初めて解読することに成功。そこで明らかになったのは、現生人類が彼らと交配し、私たちのゲノムにその痕跡が残されているという衝撃の事実だった。つまり、ネアンデルタール人は今も、私たちの中に“生きている”のである。

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 2022年のノーベル生理学・医学賞を受賞したペーボ博士がこのほど来日し、研究の長い道のりとゲノムの解読結果が意味すること、さらに人類の進化を巡る新たな謎について語った。

骨格模型と並んだペーボ氏 ©共同通信社

 ――42年前、古代エジプトのミイラのゲノム解読を試みたことが、受賞対象になった研究のきっかけになったそうですね。

 大学ではエジプト学を専攻していたので、世界中のエジプト博物館に動物や人間のミイラが何千体も収蔵されていることは知っていました。その後、医学に転向してからは、人間や動物のDNAの断片を大腸菌の細胞に入れ、大量に増やしてから解析する実験にも取り組んでいました。こうした分子生物学の技術を、古代の生物の組織にも応用できないかと考えたのです。