1ページ目から読む
3/3ページ目

現代人に最も「近い」存在

 ――絶滅した古代の人類が複数知られている中で、ネアンデルタール人に狙いを定めた理由は。

 私たち現生人類の祖先は、約10万年前にアフリカから他の地域に広がり始めました。当時、地球上にいた人類は現生人類だけではありません。ネアンデルタール人をはじめ、複数の人類が存在していました。

 中でもネアンデルタール人は、現代人とほぼ同じ大きさの脳と、より骨太で頑丈な体を持っていました。約40万年前に欧州と西アジアに出現したものの、これらの地域に現生人類が現れたのと同時期の約4万年前になぜか姿を消しています。

ADVERTISEMENT

 彼らに興味を持つ理由はいくつかあります。まず、遺骨が大量に見つかっていて、博物館にも収蔵されている。次に、彼らが私たち現代人に最も近い、進化の歴史上の「親類」だということです。ですから、もし生物学的あるいは遺伝学的な観点から現代人を定義するなら、ネアンデルタール人と比較するのが最適なのです。どんな点で彼らと似ていて、どんな風に彼らと異なっているのか。それらを知ることで、私たち自身を定義できるというわけです。

 もう1つの理由は、彼らが姿を消したのが、進化論的には「ごく最近」だったということです。4万年前というと、おそらく今から1400世代くらい前でしょうか。私たちの祖先が彼らと出会った時、何が起きたのか。これは興味深いテーマです。

ペーボ氏 ©文藝春秋

 ――ネアンデルタール人が現代人に「近い」というのはどういう意味か、もう少し詳しく教えてください。

 DNAの塩基配列にどれくらい違いがあるかという観点で言えば、両者の間の配列の違いは全体の約0.1%です。チンパンジーと現代人の違いは約1%なので、ネアンデルタール人はチンパンジーに比べ、10倍程度、現代人に近い。

 配列の違いの多さはシンプルに、共通の祖先がいた時代から現在までにどれくらい時間が経っているかによって決まります。現生人類とネアンデルタール人の共通の祖先がいたのは少なくとも50万年前ですが、チンパンジーと現生人類が共通の祖先から分かれた時期はさらにその10倍ほど前にさかのぼります。

ゲノム解読成功の秘訣

須田氏 ©文藝春秋

 ――ペーボ博士の研究グループが1996年に初めて解読に成功したのは、細胞内の小器官「ミトコンドリア」のDNAでした。ゲノムの99%以上を占める核のDNAは、サンプルに含まれる断片の量がミトコンドリアDNAよりはるかに少なく、当初は解読不可能と思われていました。2009年にはついに核DNAの解読も成し遂げましたが、成功の要因をどう分析しますか。

 1つではなく、さまざまな要因が絡み合っていたと思います。現代人や微生物のDNAの混入を避ける方法、DNAの抽出方法、実験室でのDNAの扱い方に改良を重ねました。

 情報学的な要素も重要でした。解読した短いDNA断片の配列をコンピューターに取り込んでデータベース化し、ヒトゲノムの上に配置(マッピング)して比較するのです。これは統計的かつ確率的な問題で、間違った場所に何かを配置するリスクと、できるだけ多くの断片を配置したいという欲求とのバランスを取らなければなりません。

 幸運だったのは、非常に優秀な人材に恵まれたこと、そして、互いに敵対するのではなく、協力し合い、うまくやっていける文化がグループ内にあったことです。

遺伝学者・スヴァンテ・ペーボ氏による「ネアンデルタール人は生きている」全文は「文藝春秋2023年4月号」と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

この記事の全文は「文藝春秋 電子版」で購読できます
ネアンデルタール人は生きている