「時間外手当が基本給より多い額になる月もありました。終電に間に合わなかったらタクシーを使うのですが、後日、領収書を持っていったらきちんと払ってくれましたね。自腹を切ることはなかった。今のブラック企業より遥かにまともだった」

チームリーダーになるまで着実に出世したが…

 コンピュータ2000年問題が収束したあとも仕事は潤沢で、常に新しい案件が入ってくる。樋口さんの会社でのポジションも、ヒラのプログラマーからSEアシスタントに昇格。その後SEに昇格し12年目にはチームリーダーを任されるまでになった。

「自分でも順風満帆だと思っていました」

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 年収は毎年増えていったし肩書も与えられた。新人も入ってきたので教育も任される。会社生活に大きな不満はなかった。

「ワイワイやるのが好きでしてね。最終金曜日は定時で終業して居酒屋で仲間たちと飲んでましたね。楽しくやっていたんだけどな」

写真はイメージ ©getty

 結婚して2人の子どもにも恵まれた。中古だったが戸建て住宅も買えた。年収も700万円台に乗った。自分も妻も体調を崩すことはなかったし、子どもたちも円満に成長してくれた。ここまでは何の問題もなかった。仕事面でもリーマンショックや東日本大震災で悪影響を被ったこともなかった。

「正社員の自分は大丈夫」ではなかった

「潮目が変わったのは2015年の下期頃でした」

 案件の数がガクンと減ったのだ。

「自分がいた会社に発注していたクライアントが中国のソフトハウスに乗り換えたんです。費用は半分程度だったから仕方ない」

 この数年後にはインドの制作会社に流れていった顧客が数十社もあった。

「セキュリティや機密性の問題から重要案件は外注に出さず、それぞれの会社で内製する大手企業が増えてきた」

 これらのことが重なって受注量・受注金額が減少。こうなると会社は冷たい。

「まず非正規雇用の人たちが切られましたね。コンピュータ業界というのは契約社員や業務委託で働いている人たちが多いんです。案件ごとにチームが組まれるのですが、正社員は3人で契約、委託が7人ということもあったぐらいだから」

 見通しのいい人はこの段階で転職活動を始めたり、別の業種に鞍替えするために何か資格を取ったりするなど行動を起こしていたが、樋口さんは急にやってきた変化を読めなかった。「そのうち反転する。正社員の自分は大丈夫」という甘い考えだった。

 樋口さんに非情のリストラ宣告があったのは2021年5月のこと。

「親会社の資本が入っている別のソフトハウスと統合することになり、余剰人員扱いされたわけです」

 統合する新会社に移れるのは管理職と45歳未満のSE・プログラマーだけ。

「管理職でも定年まで5年を切っている場合は肩叩きされたという話です」

 退職金に転職活動費がプラスされたが、あとは自分でなんとかしろということだった。

次の記事に続く 「48歳でリストラ、年収は6割減」年収270万円の52歳男性。“好きでもない仕事”に再就職したのに「腐らず」生きられるワケ「俺はまだまだやれる」