ただし私たちお馴染みの54枚札は英語ではただカード(あえて言えばプレイング・カード)で、トランプとは言わない。トランプは切り札だ。ならば「トランプさんはよくトランプを切りますね」ありうるね。
日本語はユーモアたっぷりの言語
日本人の庶民的な言葉遊びは(世界的に見ても)多彩なものであり“6月9日はロックの日、11月26日はいい風呂の日”など駄じゃれが親しまれているばかりか、その他、回文“たけやぶやけた”や無理問答“一枚でもせんべいとはこれいかに”“一個でもまんじゅうと言うがごとし”や地口“着たきり雀”や早口言葉“東京特許許可局”などなどいろいろあってユーモアが散っている。
“草加、越谷、千住の先よ”なんて、ありゃなんなんだ?(答は奥州街道の名所だが「そうか」と頷きたいのです)
さらに言えば川柳、狂歌はもちろんのこと、俳句や和歌にもユーモアを含むものがある。万葉集巻十六の“この頃の吾が恋力記し集め功に申さば五位の冠”なんて恋の努力を立身出世に費せばかなり偉くなれるかも……古き昔のユーモアだ。
「山田課長ってハゲてる人?」にどう返す
大辞典にユーモアは“人を傷つけないもの”と言っているが、傷つけるケースもよくあって、
石橋を死ぬ気で渡れ困り顔
過日チラリと耳にした。“いしばし”から後ろの“し”を抜く(しぬき)と、どうなるか、もともと困った顔の方ですね。
庶民のあいだなら、
「山田課長って禿げてる人?」
「額が広いんだよ」
いますね。もう一つ。
「その女(ひと)、きれい?」
「個性的だな」
厭味ではあるけれど、嘲笑の中にもユーモアが潜むときがある。
絞首台に向かう死刑囚が放ったユーモア
ユーモアについてはすこぶる厳しい解釈があって、フランスの文学者A・ブルトン(1896〜1966年)によればユーモアの本質は黒く染まり、S・フロイト(1856〜1939年)の挙げたエピソードを紹介している。
それは“ある月曜日、絞首台に引かれていく死刑囚が「今週は幸先がいいぞ」と叫んだ”であり、これがユーモアの一形式なのだ、と……。