「もっと苦しめばいいのにね」

 そういいながら、姉は血を吐きながら床をのたうちまわる男の口をふさいだ。利発で弟思いの姉の顔からは表情が消えていて、淡々と男との因縁を語りだす。それは傍で放心したように立ち尽くす弟を生き地獄に突き落とす<真実>だった。

 

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 自分の人生を、ゴミのような無価値なものとして、粗雑に扱ってしまうほどの絶望とはいかなるものなのか。多額の借金を背負うことだろうか、信頼した友人から裏切られることだろうか。自ら命を絶つ人の数が社会問題化している日本において、絶望という言葉はありふれたものになってしまっているのかもしれない。

 ただ、言葉はありふれていても、それぞれの事情は千差万別で画一的に語ることは難しい。「この世から消えてしまいたいのに、同時にそれが許されない」といった込み入った事情が絡み合った絶望であればなおさらである。

 

『あれは閃光、ぼくらの心中 2』(原作:竹宮ゆゆこ 漫画:つきづきよし)で描かれる主人公の一人、汚部屋に住むホストの弥勒はまさに自分の命を部屋にため込んだゴミのように見ている青年だ。時折見せる複雑な表情、儚げな横顔は、彼が抱える複雑な過去を想像させた。

 冒頭は、まさにその事実が弥勒に明かされるシーンである。目の前で姉が人を殺そうとしているのに、全く体が動かない――。彼が感じた絶望が紙面からにじみ出るような描写は本書の白眉と言っていい。

 この事件まで、姉はネグレクト状態の親代わりに弥勒を育てた尊敬すべき大切な存在だった。しかし、だからこそ姉が抱えていたどす黒い秘密は、15歳の弥勒を絶望の深淵にたたき落とすのに十分な破壊力を持つものとして描かれる。弥勒が自分の命を粗雑に扱うように生きるのも納得させられてしまうのだ。

 

 ここで断りをいれなければならない。姉が抱える秘密とは、未成年の性被害である。そして、弥勒が抱える絶望もそれに関りがある。自分の存在自体を呪いたくなるような絶望であると同時に、死ぬことをためらってしまうような真実、とまで書けば感付く読者もいるかもしれない。

 あまりにも出口がない絶望--。それゆえに、本書を読み進める手は次第に重くなり、場合によっては、読み進めることをためらってしまうかもしれない。だが安心してほしい。物語は幕間の前にかすかな希望を見せてくれるのだ。夜空にひらめく、閃光のような救済の兆しを。

 

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