あなたは今、何かから「逃げたい」と思っていないだろうか。「すべてを投げ出してどこかに行ってしまいたい。この家を、街を出て、あらゆる関係を断ち切ってしまいたい」こういった願望を抱いていないだろうか。

 仕事、勉強、家庭……人それぞれ「逃げたいもの」は違ってくるが、多くの人は逃げることを選ばず、いや、逃げることができずに日々を耐えている。

 ただ、中には逃げることができてしまう人もいるのだ。例えばそう、繊細で、怖いもの知らずで、図々しくて世間知らずの中学生の男の子ならば、家を飛び出し夜の街を自転車で疾走して、「重苦しい現実」から軽やかに飛び立ってしまうのかもしれない。

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 音大附属中学校に通う15歳の少年・嶋は、ピアノのスランプに陥ってしまい進級すら危ぶまれる状況に追い込まれてしまう。それは、自分がすべてを懸けてきたものが“最後の瞬間”を迎えてしまうかもしれないことを意味しており、同時に嶋にとっては彼の全ての“最後の瞬間”に思えてしまうのだった。

 “最後の瞬間”を迎えたくない嶋は、夜中自転車にまたがり家出を敢行する。行く当てなどなく、とりあえず走り出して逃げることを最優先する無鉄砲さは、若さならではの行動力だが、当然の如く思う通りに事は運ばない。道に迷った挙句、町田でヤンキーに追いかけられる事態に陥ってしまうのだ。

 必死にペダルを回して疲労困憊だった嶋は、ハンドル操作を誤り、数メートルの崖を落ちてしまう。その着地点には偶然仕事帰りのホストが歩いていて、夜空を墜落する少年の身体は、香水とアルコールの匂いがする両腕に受け止められた。

 

 こうして出会ったのが夜空にギラギラと輝くホスト・弥勒である。藁にも縋る思いで助けを求める嶋に弥勒は一言、「いいよ」とをすると嶋の手を取り、自宅へと連れて行ってしまうのだった……。