11月13日発売の週刊文春the Styleでは、ジェンダーの枠を超えて楽しめる小ぶりなケースサイズに焦点を当てた腕時計を特集している。一方こちらでは、10万円台で手に入る腕時計の中から、価格以上の価値を備えたモデルを厳選して紹介する。
 

Photographs : Jun Udagawa
Styling : Eiji Ishikawa(TABLE ROCK STUDIO)
Realization : Yuji Kuramochi

 腕時計における「価値」とは何か。それは価格に見合った満足感にとどまらず、技術力、素材の革新性、ブランドの歴史、そして長く愛用できる普遍的なデザインが織りなす総合力を指す。10万円台という価格帯は、本格的な腕時計の世界への入口でありながら、実はブランドの真髄が凝縮された領域でもある。スイス、アメリカ、ドイツ、そして日本の名門ブランドが、それぞれの技術と美学を注ぎ込んだ珠玉の5本を紹介する。

ティソ
ティソ PRX パワーマティック 80 ダマスカススチール 38㎜

波模様が語る、匠の技と現代性の融合

 ティソの人気コレクション「PRX」に、時計業界でも稀少なダマスカススチールを纏った特別モデルが登場した。刀剣の世界で珍重される波模様を持つこの素材は、融点の異なる複数の鋼を幾重にも重ね、鍛造と研磨を繰り返すことで生まれる。その唯一無二の模様は、もはや工芸品の域にある。38㎜という絶妙なケースサイズは、現代の腕時計トレンドを体現する理想的なプロポーション。約80時間のロングパワーリザーブを誇り、週末を挟んでも止まらない信頼性を実現する。1970年代に隆盛したラグジュアリースポーツウォッチの精神を受け継ぎつつ、素材革新によって新たな価値を示す一本である。

自動巻き、ステンレススティール、ケース径38㎜、パワーリザーブ約80時間、10気圧防水、16万1480円。 

ADVERTISEMENT

問い合わせ=ティソ Tel.03-6254-5321

ハミルトン
カーキ フィールド メカ パワーリザーブ

ミリタリーウォッチの真髄に、実用機能を宿して

 アメリカの名門ハミルトンが放つ新作は、軍用時計の伝統を背景に機能美を追求した手巻きモデルだ。9時位置のパワーリザーブインジケーターがゼンマイ残量を視覚的に示し、クラシックな構造に現代的な実用性を加える。マットブラックの文字盤に配されたアラビア数字とレイルウェイトラックは、ベトナム戦争期に米軍へ供給されたフィールドウォッチの意匠を継承。サテン仕上げのステンレススティールケースに3列リンクのブレスレットを組み合わせ、堅牢で精悍な印象を際立たせる。手巻きならではの“操る愉しみ”を味わいつつ、往年のミリタリースピリットを現代の技術で再構築したモデルとなっている。

手巻き、ステンレススティール、ケース径40㎜、パワーリザーブ約80時間、10気圧防水、14万9600円。 

問い合わせ=ハミルトン Tel.03-6254-7371

セイコー プレザージュ
SARJ011

日本の美意識が息づく、藍色のオープンハート

 世界に誇る「ジャパン・ブルー」を腕時計に昇華させた、日本の美学を体現する一本。藍染めに由来する深く静謐な青をダイヤルに採用し、絹のように繊細な型打ち模様と緩やかなカーブダイヤルが、奥行きと陰影に富んだ表情を生み出す。9時位置のオープンハートから覗くムーブメントの精緻な動きは、日本の職人技術の粋を物語る。6時位置の24時間表示が実用性を高め、1970年代の腕時計に着想を得た多列ブレスレットが腕元を優しく包み込む。駒のひとつひとつに施された丸みが、この快適な装着感の秘密だ。伝統美と機能性を融合させたこの腕時計は、日本のものづくりの真髄を感じさせる存在である。

自動巻き、ステンレススティール、ケース径40.2㎜、パワーリザーブ約72時間、10気圧防水、15万4000円。 

問い合わせ=セイコーウオッチお客様相談室 Tel.0120-061-012

シチズン
シリーズエイト 890 Mechanical 限定モデル

モダンスポーティが纏う、八角形の機能美

 2021年に復活したシチズンの機械式ブランド「シリーズエイト」から限定モデルが登場。この幾何学的フォルムは、光の反射を計算し尽くした機能美の結晶である。自社製キャリバー9051は薄型設計による快適な装着感を実現しながら、約42時間のパワーリザーブを確保。第2種耐磁性能を備え、現代社会で避けられない磁気の影響から時計を守る。サンレイ仕上げのダイヤルと多面カットケースが織りなす光の饗宴は、スポーティでありながら洗練された印象をもたらす。限定生産による希少性も魅力の、現代生活に寄り添う実力派だ。

自動巻き、ステンレススティール、ケース径42.6㎜、パワーリザーブ約42時間、20気圧防水、世界限定1200本、19万8000円。 

問い合わせ=シチズンお客様時計相談室 Tel.0120-78-4807

ユンハンス
フォーム クオーツ バウハウス エディション

色彩論が時を刻む、バウハウス精神の継承

 ドイツの名門ユンハンスが、バウハウス・デッサウ校100周年を記念して発表した特別モデル。「形は機能に従う」という理念を現代の時計デザインに昇華させている。最大の特徴は、ダイヤル上に配された12色のインデックス。これは色彩論における色相環を表現しており、減法混色の三原色とその間の混色が等間隔に配置されている。ステンレススティールケースとシルバーダイヤルの組み合わせが、バウハウスが追求した機能美を体現。高精度のスイス製クォーツムーブメントを搭載し、実用性も高い。デザイン史に刻まれる節目を象徴する、文化的意義を持つ一本といえる。

クォーツ、ステンレススティール、ケース径39.9㎜、5気圧防水、世界限定1000本、12万6500円。

問い合わせ=ユーロパッション Tel.03-5295-0411


 これら5本の時計が示すのは、10万円台という価格帯が決して妥協の領域ではなく、ブランドの技術力と創造性が最も純粋な形で表現される場所だということ。素材の革新、実用的な複雑機構、文化的アイデンティティ、そして限定生産による希少性。それぞれが異なるアプローチで「価値」を定義し、価格以上の満足感を提供してくれる。腕時計選びの新基準は、「いくらか」ではなく「何を得られるか」。これらのモデルは、その問いに対する最良の答えとなるはずだ。