横澤のおごりで六本木へ
地面師たちが営業を停止して久しい旅館「海喜館」に狙いを定めたのは、2016年10月頃である。犯行グループは、年が明けた17年2月の女将の入院を境に、本格的に動き出した、と前号に書いた。犯行グループの中には、事件解明のキーパーソンがいる。それが、カミンスカスに計画を持ち込んだ横澤である。
初めは、エマイユの横澤が600坪におよぶ海喜館の敷地を担保に銀行から融資を受ける計画を立て、借入先を探そうとカミンスカスに話を持ち掛けたという。書簡にはこうもあった。
〈私がこの物件を知ったのは土井の事務所に行った時に、物件資料を目にして、土井に“物件の元付けを教えてください”と言ったところ3社程のブローカーを介してエマイユの横澤(太田)にたどりつきました〉(同)
前号に書いたように、書簡にある〈元付け〉とは、不動産の所有者から取引を依頼されている者を指し、エマイユの横澤がこれにあたるという。不動産取引では極めて重要な役割を担う。
一方、土井は地面師事件の主犯格の一人として懲役11年の判決を受けた土井淑雄である。もともとカミンスカスとは10年来の交流があり、互いに地上げの現場で協力し合ってきた間柄だった。
〈土井は今から10年程前(2014年頃)に大阪(京都)から出てきて「六本木五丁目物件を買いたいので売主に話をつけて下さい」と言って私に会いに来ました。その時は土井が着手金として2000万円を持ってきました。(中略)私より土井の方が年上なので私は土井の事を兄のように慕う様になりました〉(10月17日消印書簡)
カミンスカスは今になって〈土井が黒幕だとは思いもよらなかった〉(同)と臍を噛む。
カミンスカスは横澤から海喜館の取引を持ち込まれる少し前まで、別名の太田(仮名)を名乗っていた横澤本人と一度会っているという。カミンスカスは土井を通じて横澤と再会し、海喜館の地面師詐欺にかかわっていく。
当初、横澤が持ち掛けたように、土地を担保に他者から融資を受けようとすれば、とうぜん地主の承諾が前提だ。つまり五反田の海喜館の取引において横澤は、旅館の女将である海老澤佐妃子から依頼されたことになる。少なくともカミンスカスはそう信じてきた、と何度も手紙に書いてきた。
海喜館の取引では、予定していた20億円の借り入れのうち、関西の畜産業者グループが、2億円を用意したという。この業者は米国の牛肉を輸入する食肉卸事業を中核とし、建設から不動産にいたる都市開発まで手を広げ、関西で一大企業グループを形成してきた。そのグループもまた、一儲けしようと取引に一枚噛んでいたのであろう。
※本記事の全文(約1万2000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(森功「逮捕を逃れた仕掛け人の豪遊生活 地面師 獄中からの告発」)。全文では下記の内容をお読みいただけます。
・なりすましだと分かった上で
・〈エマイユではだめ〉
・〈司法取引したのでは〉
・名前を何度も変更
・警察に呼ばれて横澤の話を
・本店登記は鉄鋼ビルに
・後継者不在と老老介護の末に
・無関係の手形を振り出し
・1億円超の損害賠償請求
・発足した「被害者の会」
・「横澤は行方知れずだ」
・数千万円をキャバクラに
この記事は短期集中連載の中編です。前編・後編も「文藝春秋PLUS」に掲載されています。


