NHK「未解決事件」シリーズで、大手ハウスメーカー・積水ハウスが55億円を騙し取られた地面師事件が取り上げられる(10月25日放映)。この事件をめぐっては、ノンフィクション作家・森功氏のもとに、主犯格とされるカミンスカス操から13通に及ぶ手紙が届いていた。事件の真相に触れる驚きの内容とは——。

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〈仮登記は無効である〉

 積水ハウスの海喜館事件における最大の謎として、しばしば取り上げられる出来事がある。その一つが、積水ハウスが羽毛田正美(地主なりすまし役)やイクタHDと海喜館売り渡しの仮契約を結んだあと、積水側に届いた内容証明郵便である。仮契約からわずか2週間後の17年5月10日以降、立て続けに4通が本社に届いている。積水ハウスの調査報告書(18年1月24日付)によれば、内容証明郵便にはこうあったという。

積水ハウス地面師事件の主犯とされるカミンスカス操

〈(私は)本件不動産の所有者だが、仮登記がなされ驚いている。売買契約はしていないから、仮登記は無効であるので抹消せよ〉

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 差出人の名義は本物の地主である海老澤佐妃子、住所は海喜館そのものだった。慌てたのは積水ハウスの営業担当者たちだ。急きょ同社の営業次長や事業開発室課長が、カミンスカスや中間業者の生田らと面談した。積水ハウスの検証報告書(20年12月7日付)によれば、それに対し、生田は「海老澤が沖縄旅行に出かけており、通知書は常世田の仕業だ」などと述べたという。内縁の夫役の常世田が痴話げんかをして嫌がらせをしたという趣旨だ。が、むろん常世田の仕業などではない。積水側はカミンスカスと生田に対し、事実を確かめるため、5月19日に海喜館の内覧会を実施し、海老澤こと羽毛田との面談を要請する。

舞台となった「海喜館」 Ⓒ時事通信社

 一方、末期癌で入院中だった当の海老澤佐妃子は、このとき内容証明郵便を出すどころではなかった。6月24日に病院で息を引き取っている。

 実は彼女には出奔した実父の残した異母兄弟が2人いた。積水ハウスに通知書を書いたのは、この異母兄弟だったのである。つまり天涯孤独だと思われていた海喜館の地主海老澤佐妃子には、遺産の相続人がいることになる。しかも地面師グループもそれを知っており、そのことが事件をよりいっそうややこしくしているのだが、詳細は稿を改める

誰が南京錠を用意したのか

 カミンスカスは海喜館の取引にあたり、知り合いの弁護士栃木義宏を羽毛田の代理人にしている。それもカミンスカス主犯容疑の補強材料になっている。もっともカミンスカスは悪びれる様子がない。

〈栃木弁護士は正義感の強い弁護士で私が羽毛田に紹介しました。羽毛田に弁護士をつけた理由は(取引)金額が大きいので心配だった事(中略)。

 栃木弁護士と羽毛田で現地立会いをする予定でしたが羽毛田は体調が悪く、栃木弁護士が羽毛田から鍵を預かって1人で現地にきました〉(11月5日付書簡)

カミンスカス操から届いた手紙 ©文藝春秋

 羽毛田の体調が悪いことも栃木から聞いただけだという。これに先立ち、羽毛田と運転手役の佐藤隆が栃木の弁護士事務所を訪れ、栃木に海喜館の内覧の立ち会いを依頼している。

「私は体調が悪く、病院に行かなければならないので、代わりに立ち会っていただけませんか」

 羽毛田がそう依頼し、栃木は勝手口の鍵を受け取った。そのまま栃木は海喜館の裏でカミンスカスや生田、近藤、積水ハウスの営業担当者2人と合流し、内覧が実施された。

 栃木が羽毛田から預かったのは、とってつけたような真新しい南京錠の鍵だった。いかにもチャチな舞台設定に感じる。が、積水ハウスはここでもまんまと騙されている。

 南京錠の鍵は誰が用意したのか。カミンスカスでないなら、内田マイクか、あるいは土井淑雄か。そう手紙で尋ねると、次のような返信があった。

〈カギはおっしゃる通り土井か内田が用意して羽毛田に渡したのだと思います。

 羽毛田は(事件公判の)証人で出廷した時に(佐藤の運転する)車内で私に鍵を見せられたと証言しました。これも偽証です。私は内覧時に栃木弁護士がカギを持ってくるまでまったく知りませんでした〉(12月5日付書簡)

 羽毛田の公判証言がカミンスカス主犯の裏付けにもなっているのだが、公判でもカミンスカスは「それは嘘だ」と言い、証言が食い違っている。

この続きでは、事件解明の鍵を握る人物の名前を挙げています〉

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