刑事ドラマを見て「こんなのない」

――創作だとわかっていながらも、もしかしたら本当にこういう街の警察署や、そこの職員さんが行きつけの店があるんじゃないか。そう想像しながら読みました。上田さんご自身の経験や、お店の思い出が反映されているのでしょうか。

上田 それは全くないですね。私自身と共通しているところがあるとすれば、桜花が食いしん坊なことくらいでしょうか。

 かなりの冊数の警察小説を読んできた1人の読者として思うのは、「事件が多すぎやしないか?」ということ。事件が起きないと物語にならないですし、読むほうも「何か起こってほしいな」という期待を持っているわけですが、実はそれってリアルではないですよね。

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 私が子供のころ、ドラマ『太陽にほえろ!』が人気でしたが、七曲(ななまがり)署の刑事が次々と殉職しているのに、どうして石原裕次郎さん演じるボスはクビにならないんだろう? とか、こんなに撃ち合いばかりであぶないところになんて誰も住みたがらないんじゃないか? と子供心に思いました。成長するにつれて、「これはフィクションだから、ある程度の創作は許されるんだ……」と分かってきましたが。

 いまでも刑事ドラマを見て、拳銃を撃った警察官が閑職への異動はおろか処分もされずにこれまで通り働き続けていると「こんなのありえない……」と呟いてしまいます。すると横にいる妻から「つまらなくなるからやめて!」と言われてしまうのですが(笑)。

――そういう意味では、警察を舞台にしているのに事件がまったく起こらない『サツ飯』は、異色作と言えますね。

上田 個人的に何気ない場面の描写に過ぎないけれど、それが巧みで思わず読んでしまうような作品が好きなのです。そんなこともあって、警察官の平凡な日常を描くことができたら、何か新しい小説になるんじゃないか――、事件も事故も起きない、ごく普通の警察官の1日であったとしても、われわれ一般人が知らないことも多いだろうから彼・彼女らの“日常”を描くだけで十分読みものになるのでは、と考えました。

 警察小説が好きな人にしてみたら、知っていて当たり前のことばかりかもしれないけれど、本を手に取られる方が全員そうとは限りませんからね。むしろ、普段はまったく警察小説を読まない人に楽しんでもらえるものを目指しました。

――本書のもう一つの読みどころは、食事をするシーンですね。桜花と一緒になって、「もうガマンできませんっ!」という気持ちに、何度もなりました。空腹のときには、とても読めません。

上田 ありがとうございます(笑)。

「サツ飯」に出てくる料理は、読者の方が「あんな味かな?」とイメージしやすいものを選んだつもりです。特にモデルにした店もないですし、あらためてレシピを調べたりもしていません。カツ丼、のり弁、ナポリタン、から揚げ、カレーライスの5つは、大概の人が食べたことがあると思いますから、その一般的なイメージから大きく外れないように心がけました。

上田健次さんは1969年東京生まれ。2021年、『テッパン』(小学館文庫)で作家デビュー。22年に発表した書き下ろし小説『銀座「四宝堂」文房具店』(小学館文庫)が大ヒット、人気シリーズとなる。他の著作に『中野「薬師湯」雑記帳』(朝日文庫)、『レトロスナック「YOU」』(角川文庫)など。平日は大手日用品メーカーの執行役員として多忙な日々を送り、小説の執筆には週末をあてるという。 写真提供:小学館