「こうだったらいいな」という世界

――上田さんはもともと、小学館主催の「第1回日本おいしい小説大賞」に「テッパン」を投稿、加筆修正してデビューをされましたね。ご自身も、日常的に料理をされるということですが。

上田 はい、時間が許せば作るようにしています。家庭料理ばかりですが、家族みんなが楽しく食べられれば、それで十分ですからね。調味料やレシピも全然凝らないですし、メニューは基本的に自分が食べたいものを作ります。

 そういえば、「ナポリタン」の章で喫茶店のマスターが、ナポリタンの麺をあらかじめ茹でて置いておく、という描写がありますが、あれはテレビで洋食屋さんがやっているのを見て参考にしました。実際に茹で置くことで旨味が増すそうです。もっとも、自分が家でナポリタンを作るときは、面倒なのでしませんけど。

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――先程、機動隊員が食べる隊弁の話も出ましたが、「のり弁」の章にボリュームたっぷりの隊弁が登場します。作り手の剛本(ごうもと)律子さんが、栄養バランスや天候を考慮して工夫をしたり、手書きの「お品書き」を添えたりしていました。どの章でも作る人が食べる人を気遣い、食べる人も作り手の心遣いに気付いたりという良い関係を感じることのできる描写がとても素敵でした。

上田 私がこれまで書いてきた小説には、「こうだったらいいな」が通底していると思います。

 今回の『サツ飯』でも、警察を舞台にして「こんな人間関係があったらいいな」を書きました。先ほど例に挙げられた「のり弁」に登場する剛本さんなどは典型的ですが、彼女は“思いやり”や“気遣い”で献立を工夫したり手書きのお品書きを添えたりしている訳です。これを形だけ真似ても意味はありません。つまりマニュアルなどで形を真似ることはできても、想いまで引き継ぐことはできないのです。

 実社会では忙しさのあまり効率化ばかりを追求し、相手を思いやる心をどこかに置き忘れているような気がします。ほんの少しでいいから、周囲に目を向ける余裕があったら“いいな”と思いますね。

“警察のごはん”といえば、取調室のカツ丼!? 物語に登場するのは、ごく普通のそば屋のカツ丼です。 写真:ek.takahashi/イメージマート