「クビになりそうな時があった」
また、パフォーマンスに関しても、本人の才能はもちろん、ストイックな努力も評価されてきた。過去の韓国でのインタビューでは、こんな発言をしている。
「僕は母にも自信をもって『韓国で成功する』と言ってきたのだから、逃げられませんでした。自ら決定したことなので。(K-POPアイドルへのチャレンジを)人が決めたことなら耐える力もなくなるでしょうし、言い訳だけが生まれていったでしょう」
日本のメディア(「メンズノンノウェブ」2019年3月9日配信)でもこんな発言が。
Q. 最後に、日本から韓国へと旅立つ決意をした16歳の自分に今言葉をかけるなら?
A. 悩み抜け、もっと成長できる。
これらは、大手事務所SMにあって、たった1人の日本人練習生として厳しいレッスンの日々を送ったことの証だろう。2025年10月23日のフジテレビ『トークィーンズ』でこんな話も披露している。
「(韓国の)事務所に受かってもゴールじゃなくて、そこから入れ替わり入れ替わりなんです。週1で評価会もあったし」
「俺も1回クビになりそうな時があった」
韓国に渡ったばかりの頃は、「『どうですか?』『ごはん食べたい』といった基本的な韓国語から覚えた」(2018年「週刊アイドル」)という。そのうえで「決まったルーティーンのダンスレッスンが繰り返される日常」だった。
2023年11月に配信されたオリジナルコンテンツ「What's NCT!?~welcome to NCT Universe EP.9」では、事務所の後輩で同じ日本人の、ショウタロウ(現RIIZE)、ショウヘイ(現MYTRO)という2人と鼎談した。
後輩から「苦しかった練習時代を乗り越えた秘訣は?」と聞かれるや、ユウタはこう答えている。
「自分は父親には事前に『韓国に行く』とは言っていなかった。初めてそれを伝えた時、父は泣いた。そして『日本には戻らない覚悟でやれ』と言われた」
さらに後輩2人に対し「羨ましい。2人は一緒にいて、お互いの存在だけでも力になる関係だから」とも。
ただいっぽうで、自分自身は「大手SMにおける初の日本人練習生」という意識は、じつはあまりなかったとも明らかにしている。
「その話はよく聞くけど、『日本人初』という考えはあまり持たなかった。なぜなら(それに関係なく)周囲の人が助けてくれたから。自分一人でデビューを成し遂げたとは思わない。(後に共にデビューする)メンバーも一緒にいてくれたわけだし」(前出「What's NCT!?」)


