深夜2時に突然の電話で「ケンカした」

「瞬間湯沸かし器」という言葉があるが、私は「瞬間火吹達磨!」と思っていた。導火線は無いに等しく、一瞬で発火点に達する、そして何とか、何度か、自分を抑え込もうとする、その理性と怒りとの摩擦が、どうにもこうにも、却って爆発的な破裂、発火、火を吹くに至らしめる。いつもこんな感じ。あ、我慢しているな、と思ったらもう手遅れで、結果は既に見えていた。そして、相手も場所も選ばない、というか選べない。相手が芸能人だろうが、テレビカメラが回っていようが、不可避である。擁護は一切しないが、それが所謂DVとはちょっと違うところだと思っている。

 同じ年の後半には、深更2時過ぎの電話で叩き起こされた。

写真はイメージ ©beauty_box/イメージマート

「もしもし?」

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「○○○○○とケンカした」

 今でも私の耳の中にある、ポソポソと濡れそぼった11音。水底から弱々しく浮いてきた気泡が破れるような声だった。

 寝起きで訳が分からないながら、あの体のどこからこんな声が? と、そのションボリっぷりに笑いそうにもなりながら、しかし、思わず「なんで?!?」と言ってしまえば追い詰めてしまうと思って必死にググッと避けて、

「大丈夫? ケガとかしてない?」

「……」

「???」

「……うるせえッ」ガチャン。

「……( 何なん、一体!?)」掌のスマホを寝呆け眼で見つめながら「他に電話できる人、いないんだ……」と思った。

 こういうことのあった2013年だが、年末が近づいてくると、「岡山へ行ってみたいんよ」「行ってもいいかい?」などというメールが来るようになった。

 ちょうどその頃、懲りない私は派遣社員をしていて、そのため実家ではなく派遣先に近いマンションに一人でいた。だから当然、「いいよ」と返した。

 西村賢太の読者なら、彼が秋以降釣瓶落としに日が暮れるようになると寂しくて堪らなくなることや、正月休みは1人ぼっちですることもなく死んだフリをキメこんでいることは、当然知っている。そしてそれは、私自身も似たようなものだった。毎年9月になると、夕暮れ時、泣きたくなる。40目前で、同級生や会社の同期が皆結婚して子育てに勤しんでいるというのに、室内で座れない私に、茶飲み友達すらいようはずもなかった。

 一度でいいから、里帰りとやらをしてみたい。職場で義実家への愚痴なぞこぼしてみたい。お弁当、いやコンビニのパンでいいから、慌ただしくて構わないから、談笑しながら食べてみたい。だから当然、「いいよ」と返した。この私に、お正月休みに予定があるなんて、何年振りのことだったろう。

次の記事に続く 「あんたでええわ、あんたで」8畳の和室に布団を敷いて“大いびき”を…かつての恋人が明かす、西村賢太が岡山で過ごした“同棲生活”の始まり