背中に2本の爪痕
春グマ駆除廃止で変化したのは生息数だけではない。
「クマにも捕獲しやすい個体とそうでない個体があります。人間に警戒心を抱かず寄ってくる個体は捕獲しやすいし、春グマ駆除ではそういう個体が多く捕殺されていたと思われます。ところが人間が積極的に山の中に入ってクマを捕獲することがなくなると、そういう個体も生き残る。だから人間に対する警戒心が薄い個体が近年、人間の生活圏近くに出没するようになった可能性もあります」(同前)
ときに“人慣れクマ”と称されることもある新世代の登場である。だが、こうした現状を踏まえた上でも「まったくの想定外」と専門家が首をひねるのが、前述した「札幌市東区ヒグマ襲撃事件」なのである。
〈篠路町上篠路92付近に黒っぽい動物がいる〉
6月18日午前2時15分に市民から寄せられた110番通報が、この事件に関する第一報である。以降、同様の目撃情報が相次ぐ中、5時55分、最初の被害者が出る。被害者は70代男性で、事件直後、テレビカメラの前でこう語っている。
「ゴミ投げて(=捨てて)戻ってきたら、(隣家との間を指差しながら)クマがここから来たのさ」
男性は逃げようとしたが転倒、走ってきたクマに「後ろからどんと乗っかったみたいに」踏まれ、背中に2本の爪痕ができたという。
冒頭の場面で、ハンターの斎藤が「ヒトが襲われた」と連絡を受けたのがこの最初の事故だったのだが、続けざまに第2の事故が起きる。
6時15分、最初の現場からほど近い住宅街で、80代女性がやはりゴミを出した後、クマに遭遇し、逃げようとしたところで転倒、背中を踏まれて軽傷を負った。
出動した斎藤が初めてクマの姿を確認したのは6時30分過ぎ、この第2の現場近くの「イオン札幌元町店」の敷地内においてだった。
「イオンに着いたら、もう野次馬が20人ばかしいたかなあ。『クマどこにいる?』って聞いたら、『奥の方、イオンと(隣接する)小学校の間の茂みにいる』と」(斎藤)
※本記事の全文(約9200字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(伊藤秀倫「札幌四人襲撃事件」)。この記事は全3回連載の第1回です。
■伊藤秀倫「羆を撃つ」
〈上〉札幌四人襲撃事件 ←この記事
〈中〉現役最強のハンター
〈下〉“山の神様”と勝負したい
