今年はクマに襲われる人が後を絶たない。クマによる死者数は過去最多を更新中である。こうした異変の先触れとも言える事件が、2021年に北海道札幌市で起きた。札幌駅から2キロしか離れていない場所に現れたヒグマが、人間を襲い始め……。(全2回の1回目/続きを読む)

(初出:「文藝春秋」2022年3月号)

 

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「ヒトが襲われた!」

 北国の夏は、夜明けが早い。

 2021年6月18日、東京における日の出は午前4時25分だったが、札幌では同3時55分に早くも太陽が顔を出した。初夏の陽光は、人間社会に現れた“異形”をも照らし出した。

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 午前5時38分。

 既に起床し、朝刊を読んでいた斎藤羊一郎(74)の携帯電話が鳴った。斎藤は「一般社団法人 北海道猟友会」札幌支部で支部長を務めるハンターで、ヒグマ防除隊の隊長でもある。電話の相手は、ヒグマ対策を担当する札幌市環境局の職員だった。用件は想像がついた。だが〈こんな朝っぱらからクマのヤツ……〉と独り言ちながら電話に出た斎藤が耳にしたのは、想定外の内容だった。

「隊長、北十八(条)の東六(丁目)に出た!」

札幌の市街地で4人がヒグマに襲われる事件が2021年に発生した ©時事通信社

 思わず「はぁ!? 何言ってるの?」と間の抜けた声が出た。ハンター歴45年、札幌でヒグマが出没する可能性がある場所は、すべて頭に入っている。だが「北十八(条)の東六(丁目)」といえば、1日約20万人が利用する札幌駅から直線距離で2キロと離れておらず、クマが出ることは、まずありえない場所だった。

「『何言ってる』って、クマが出たという情報があったんです! とりあえず私ども、向かいますんで」

「わかった。オレも行きますよ」

 防除隊の副隊長である藤井和市にも声をかけ、とにかく現場へと向かうことにした。大急ぎで準備を整え、ハンターシューズの紐を結んでいるとき、再び、携帯電話が鳴った。

「どうした?」

「ヒトが襲われた!」