全国でクマによる被害が相次ぐ中、今年度、クマに襲われて死亡した人の数が13人にのぼり、過去最多だった2023年度の6人から2倍を超えたという。生活圏内や人家でクマに襲われるケースも多い。クマに出会ったら、ケガをしたらどうすればよいのか。『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』の編著者である秋田大学医学部の中永士師明(なかえ・はじめ)医師に話を聞いた。
◆ ◆ ◆
クマの襲撃を受けて生還した人について、テレビのニュース報道では「命に別状はありませんでした」と報じることがあるが、その実態は一生を左右するほどの深刻なダメージを残すケースも多い。中永が力をこめる。
「“命に別状はない”というのは、決して軽傷ではありません。それどころか、一生を左右するほどの傷を負うこともあるのだということをもっと知ってほしい。報道でも“命に別状はありませんでしたが、被害者は重傷を負いました”という一言を付け加えるだけでも印象が変わると思います」
中永によると、クマによる外傷にはひとつ大きな特徴があるという。
「それはクマは顔面を攻撃するということです。うちで診たクマ外傷の患者さんの実に90%が顔面に受傷していました。次に多いのが上肢(70%)で、以下、頭部(60%)下肢(40%)胸部(25%)頸部(15%)となっています」
なぜ顔面に受傷が集中するのか。それはクマの習性とも関連する。クマは周囲を警戒したり、威嚇したりするときは後肢で立ち上がることが多い。
「そのため、クマによる第一撃は、立ち上がった状態から前肢で水平に薙ぎ払うことが圧倒的に多いんです。クマの立位での身長はだいたい100~150cmですので、ちょうど人間の顔の高さを振り抜くことになります。また、クマ同士で争う場合は、相手の口をかみこんで窒息死させようと顔を狙うので、人間においても顔面外傷を負うことが多いんです」
70代男性のケース「地面に落ちていた鼻を…」
中永らのデータによるとクマ外傷患者の45%が顔面を骨折し、15%が眼球破裂に至っている。『クマ外傷』では、患者の了解をとったうえで受傷直後の写真と治療後の写真が並べて掲載されているが、とくに前者の写真は「これだけの傷を負った人が死ななかったのか」と驚くほどの惨状を呈している。
とりわけ衝撃的だったのは、『クマ外傷』で紹介された70代男性のケースである。この男性は路上でクマに襲われ、倒れたところをクマにのしかかられていた。たまたま車で通りかかった人がクラクションを鳴らして追い払ったが――。
〈顔面中央部を眉間から両頬、上口唇にかけて一塊に食いちぎられた。離断された顔面は路上に残っており、救急搬送時に回収された〉(『クマ外傷』より)
「このケースでは、現場に駆け付けた救急隊員がたまたま地面に落ちていた被害者の鼻周辺の組織を見つけて、それを袋に入れて患者さんと一緒に持ってきてくれました。歯とか指の脱落の場合は、ほぼ全部丁寧に持ってきてくれるのですが、鼻を持ってきてくれた救急隊員は初めてでした」
男性は“顔のほとんどを失う”ような事態からどうなったのか。何よりも大切なことは、と中永はこう話す。
「決して諦めないことです。どんなに重傷に見えても、たとえ鼻がとれてしまったとしても、治療によってかなりの程度まで回復できることがわかっています。だから決して諦めず、パニックにならずに、防御姿勢をとり、まずは生き延びることを考えてください」


