2025年の夏は全国各地でクマの目撃や襲撃が相次いだ。知床半島・羅臼岳で登山中の男性がヒグマに襲われ、遺体で発見された事件に衝撃を受けた人も多いだろう。ランニング中や人家でクマに襲われるケースも多い。クマに出会ったら、ケガをしたらどうすればよいのか……。『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』の編著者である秋田大学医学部の中永士師明(なかえ・はじめ)医師に話を聞いた。(全2回の1回目/後編に続く)

秋田県鹿角市の自動撮影カメラに映ったクマ[同県提供] ©時事通信社

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「クマにやられた傷は治療が難しい」。クマに関する取材をしていると、しばしば聞く話ではある。中には「クマの爪でやられると、3、4本の傷が並行するから、お互いを縫い合わせるのが難しいんだ」と訳知り顔で“解説”してくれる人もいた。なるほどそんなものか、と思っていたが、中永士師明医師(救急・集中治療医学講座 教授)は、きっぱりと否定した。

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「クマによる外傷がナイフのような綺麗な線状の傷になることは、ほとんどありません。傷口は、はっきりいってグチャグチャな状態になります」

クマに襲われた患者の状態を見て“絶句”

 その中永がクマに襲われた患者を初めて見たのは、今から30年以上前、岩手医科大学に勤務していたときのことだった。それまで大阪や横浜など都市部での救急医療に携わってきた中永にとっては、クマが出るということ自体驚きだったが、搬送されてきた患者の状態を見て、文字通り絶句したという。


「襲撃時の状況など、細かいことは覚えてないのですが、顔面をひどくやられていました。それまでも犬とか馬など他の動物による外傷は見たことがありましたが、全く違っていたんですね。とにかく瞬間的にすさまじい外力(外から受ける力)が働いたことが一目でうかがえる外傷でした」

 医師であっても、通常はクマによる外傷を治療する機会はほとんどなく、研修などの過程で知識としてそれを教えられることもないという。中永が初めて見るクマ外傷は、動物による傷というよりも、むしろ交通事故などによる「高エネルギー外傷」に近い印象を受けたという。

「例えば、車が正面衝突したとか、工場で大きな機械に巻き込まれた、あるいは高所から転落したとかそういう時に負うのと似た感じの傷なんですね。それだけ強い外力が複雑に作用して受傷されているというのが、やはり衝撃的でした」