2025年の夏は全国各地でクマの目撃や襲撃が相次いだ。知床半島・羅臼岳で登山中の男性がヒグマに襲われ、遺体で発見された事件に衝撃を受けた人も多いだろう。ランニング中や人家でクマに襲われるケースも多い。クマに出会ったら、ケガをしたらどうすればよいのか。
搬送直後には、“顔のほとんどを失った”としかいいようのない状況から、奇跡といってもよいほどの回復ぶりを見せるケースもあるという。『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』の編著者である秋田大学医学部の中永士師明(なかえ・はじめ)医師に話を聞いた。(全2回の2回目/前編を読む)
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不意打ちの襲撃がほとんど「対処する暇もなかった」
クマに出会ってしまったら、どうすればいいのか。全国でクマの出没が相次ぐ昨今、しばしばその対処法が話題になる。一般的には「クマから目をそらさず、背中を見せないようにゆっくりと後ずさりしながら、その場を離れる」ことが推奨されている。目をそらしたり、背中を見せた瞬間、クマは襲ってくるからだ。
では中永医師らが担当したクマに襲われた患者たちの場合はどうだったのだろうか。
「それが『薮の中から突然クマが飛び出してきて、対処する暇もなかった』というケースがほとんどでした。中には自転車に乗っているときにクマに襲われたけど、襲われたときの記憶がまったくないという人もいました」
驚いたことに、クマに襲われたにもかかわらず、自力で家に帰ってしまい病院に来ない人も一定数いるという。
「人間は生命の危機に直面すると、副腎からアドレナリンが大量に分泌されます。このアドレナリンには、血管を収縮させて外傷による出血を抑えたり、感覚器を一時的に麻痺させて、痛みを感じないようにする作用があるんです。そのため襲われた直後は、外傷を負っているのに、痛みをほとんど感じない患者さんもいるんです」
痛みがないので「病院に行くまでもない」と自分で判断してしまうわけだが、帰宅したところで傷を見た家族が仰天して病院に連れてくることになる。
「それで入院して少し落ち着いたところで、アドレナリンが切れるのか、皆さんものすごく痛がりますね」
クマの爪や牙による傷は小さく見えても…
中永によると「クマ外傷の場合、小さな傷に見えても油断できない」という。
「例えば、左腕に1cm程度の小さな裂傷があるだけなのに、実は上腕骨を粉砕骨折していたというケースもありました。クマの爪や牙による傷は、表面上は大したことないように見えて、深部組織にまで達していることが多いのです。そのため直視で深部が確認できるくらいまで必要十分に皮膚を追加切開し、汚染組織があれば切除するなどの治療が必要になります。とくに四肢の傷は顔面に比べて感染症を起こしやすく、骨が感染すると難治性の骨髄炎になることもある」

