壮大な山の自然を感じられる登山やキャンプがブームになって久しい。しかし山では、「まさかこんなことが起こるなんて」といった予想だにしないアクシデントが起こることもあるのだ。

 そんな“山のリスク”の実例や対処法を綴った羽根田治氏の著書『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)から一部を抜粋。厳冬の富士山で起きた信じ難い滑落事故を紹介する。

◆ ◆ ◆

ADVERTISEMENT

観光客からエキスパートまで、みんなが目指す山

 標高日本一の富士山が我が国のシンボル的存在であることに異論を挟む人はいないだろう。たとえば、日本人は“富士山に登ったことがある人”と“ない人”に二分され、しばしばその話題で盛り上がったりもする。日本に生まれたからには、生涯に一度は登っておくべき山、それが富士山だといっても過言ではない。

©iStock.com

 その富士山の山頂に至る一般ルートは、山梨県側からの吉田ルート、静岡県側からの須走(すばしり)ルート、御殿場(ごてんば)ルート、富士宮(ふじのみや)ルートの計4本。最もポピュラーなのが吉田ルートで、首都圏からのアクセスがよく、山小屋も多い。ついで人気が高いのは、山頂までの距離がいちばん短くコースタイムも最短の富士宮ルート。須走ルートは“砂(すな)走り”と呼ばれる砂礫(されき)の急斜面を下るのが特徴で、御殿場ルートは距離・コースタイムともに最も長い。

 富士山の登山者数は、世界文化遺産への登録が現実味を帯びてきた2008(平成20)年ごろから急に増え出して“富士山ブーム”と呼ばれるようになり、2013(平成25)年の登録以降は年間20万~30万人の間で推移している。ただし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、2020(令和2)年は全ルートが閉鎖となり、再開された2021(令和3)年は約7万9000人にとどまった。

 さて、富士山の山開きは例年、山梨県側が7月1日、静岡県側が7月10日で(残雪状況などで変わることもある)、山じまいとなる9月10日までの2ヶ月間ほどが一般登山シーズンとなる。各コース上にあるほとんどの山小屋の営業期間もこの約2ヶ月間だけで、シーズンが終わると小屋は閉ざされ、登山道の標識や携帯電話の臨時中継所も撤去される。環境省が毎年発表している登山者数も、この期間中のみを計上したものである。