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そのとき現場で何が起きたか

「あっ、すっ、滑る」滑落事故の一部始終が生配信…厳冬の富士山で起きた“信じ難い惨劇”

「あっ、すっ、滑る」滑落事故の一部始終が生配信…厳冬の富士山で起きた“信じ難い惨劇”

『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』より #3

2023/01/09
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 だが、このガイドラインに罰則規定はなく、無知・無謀としか思えない事故は今も散見される。たとえば、吉田ルートから山頂を目指した男子高校生が、日没により身動きがとれなくなり、母親を通じて救助を要請するという事故が起きたのは2016(平成28)年4月のことだ。男子生徒に冬山登山の経験はなく、冬山装備も不充分で長靴に軍手という軽装だった。

「指やべぇ。指、感覚がないからね」

 信じ難いのは2019(令和元)年10月28日の事故である。この日、47歳の男性が吉田ルートより入山、動画配信サービス「ニコニコ生放送」で登山の様子をライブ配信しながら山頂を目指した。しかし、午後2時半過ぎ、雪が積もった山頂付近を登高中に滑落、その瞬間はインターネットを通じて全世界に配信されたのだった。

©iStock.com

 その動画の最後のほうには、もう間近らしい山頂を目指して歩きながら、

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「指やべぇ。指、感覚がないからね」

「うわぁ滑る。ここ滑るな。ちょっと危険」

「斜度が30度ぐらいあるけど。ちょっと待て。滑るなぁ。危ないなぁ」

「ちっちゃい岩を伝っていこう」

「道合っているの。そうとう埋まっているんだけど、雪で」

「ここも危ないなぁ」

 などと話す男性の声が録音されている。ルートは硬い雪に覆われ、画面左下が谷側斜面だ。そして「あっ、すっ、滑る」と言った直後、「うわぁ」という声とともに画像が乱れ、雪の斜面、空、男性の足、男性が持っているストック、岩などが回転しながら写り込んだのちに配信はストップした。

 この動画の視聴者からの110番通報を受け、山梨・静岡の両県警山岳遭難救助隊が捜索を開始し、男性は2日後に遺体で発見された。発見場所は、須走ルート7合目の山小屋から800メートルほど南の、標高約3000メートル地点。標高差800メートル近くを岩などに激突しながら落ちたため、遺体は損傷が激しく衣服もぼろぼろで、身元を特定できたのは約2週間後のことだった。

 動画を見るかぎり、男性はピッケルやアイゼンなどの冬山装備は携行していなかったようで、警察関係者も「冬の富士登山ができるような装備ではなく、軽装だったようだ」と新聞にコメントしている。

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