9月中旬から翌年の6月末までのオフシーズンには、警察や地元自治体が「登山禁止」「登山道は通行止め」などとアナウンスをし、各登山道の登山口に「立入禁止」の看板も設けられる。しかし、この規制に法的な拘束力はなく、実質的には登りたければ自由に登ることができる。実際、オフシーズンの富士山に登ろうとする登山者は、夏山シーズン中に比べれば圧倒的に少ないものの、それなりの数にのぼる。
とくに冬の富士山は雪上登山技術(雪山に登るための歩行技術や、ピッケルを使った滑落停止技術など)のトレーニングの場として昔からよく知られており、ほかのエリアに先駆けて雪が積もる11月下旬~12月の初冬の時期、社会人山岳会や大学山岳部、ガイド登山の講習会などのパーティが多く訪れ、雪上技術の修得に励む。
さらに年末年始には初日の出を山頂で迎えようとする登山者が、厳冬期には海外登山のトレーニングを行なうエキスパートが、そして残雪期にはバックカントリーを楽しむスキーヤーやスノーボーダーが、入れ替わり立ち替わり富士山を目指す。
富士山を訪れるのは、夏山シーズン中の登山者や観光客だけではない。このように、一年を通して、さまざまな目的のさまざまな人たちを富士山は受け入れているのである。
「誰でも登れる山」のイメージとは異なる冬の厳しさ
ただし、富士山の自然環境の厳しさについては、正しく認識されているとはいえないようだ。夏山シーズン中の、山頂で御来光(ごらいこう)を拝もうとする老若男女が登山道に列を成している映像がたびたびニュースなどで流れるせいだろう、誰でも容易に登れる山というイメージが広く浸透しているように感じる。
だが、最短コースの富士宮ルートでさえ、標準的なコースタイムは約8時間。自分の足で登って下りてこなければならない標高差は約1300メートルに及ぶ。しかも、山頂付近の酸素濃度は平地の約3分の2。体に負担がかからないわけはなく、高山病になる人が続出し、年間0~6人程度が夏の富士山で命を落としている。
まして季節が冬ともなれば、自然環境はいっそう過酷となる。富士山は周囲に目立った高い山のない独立峰であるうえ、標高が4000メートル近いため、風が強く寒さも厳しい。厳冬期の風はときに風速40メートルにも達することがあり、予測不能な突風も吹く。その風に磨き上げられた積雪はカチンコチンに固まり、アイゼン(金属製の爪が付いた登山用具で、氷雪上でのスリップを防止するために登山靴に装着して使用する)の爪も食い込まないほどだ。