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 かつて、春の富士山で500メートル滑落し、奇跡的に九死に一生を得た男性は、雪のある富士山をこう形容していた。

「富士山は巨大な滑り台みたいなもの。一度滑り出したら止まらない」

 2009(平成21)年12月、元F1レーサーの片山右京は、南極大陸の最高峰・ビンソンマシフに登るために、仲間2人とともに富士山で高所トレーニングを実施したが、御殿場ルートの6~7合目あたりで幕営中に、テントが強風で吹き飛ばされるというアクシデントに見舞われた。飛ばされたのは仲間2人が入っていたテントで、片山のテントは無事だった。事故発生後、片山は現場から200メートルほど下方で破れたテントと2人を発見し、自力救助に努めたが、2人とも還らぬ人となった。

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 この例にとどまらず、過去に冬の富士山では“ベテラン”と呼ばれる多くの登山者が命を落としている。登山の経験をある程度積み、山の知識を学んだ者ならば、冬の富士山の特殊性を理解し、自分たちに登るだけの技術が備わっているのかどうか考え、登るのであれば準備万端整えて挑もうとする。それでも事故が起きてしまうところに、冬の富士山の過酷さが垣間見える。

滑落事故の一部始終が全世界に生配信された

 しかし、ベテラン登山者の事故よりも問題なのは、冬の富士山の怖さをしっかり認識していなかったり、観光地化された夏のイメージを抱えたままやってくる人たちによる事故だ。実際、登山経験の少ない初心者の技術・知識不足による事故、あるいは明らかに装備や計画が不充分だと思われる事故は、あとを絶たない。

 そこで、環境省や静岡・山梨両県などで組織する、富士山における適正利用推進協議会が2013(平成25)年7月に策定したのが、「富士登山における安全確保のためのガイドライン」だ。これは、夏山シーズン以外に安易に入山しようとする者を規制するためのもので、「万全な準備をしない登山者の登山禁止」「登山計画書を必ず作成・提出」「携帯トイレを持参し、自らの排泄物を回収し持ち帰る」という3つのルールを呼び掛けている。