壮大な山の自然を感じられる登山やキャンプがブームになって久しい。しかし山では、「まさかこんなことが起こるなんて」といった予想だにしないアクシデントが起こることもあるのだ。

 そんな“山のリスク”の実例や対処法を綴った羽根田治氏の著書『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)から一部を抜粋。山岳会同期の2人パーティが巻き込まれた、信じがたい事故を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

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山岳会同期の2人パーティ

 山における危険は、たいてい上のほうから降りかかってくる。落石しかり、雪崩しかり、落雷しかり。だが、まさか人が落ちてくるとは、なかなか予測できるものではない。

 ふと気配を感じて振り返った横山澄江(仮名・59歳)の目に飛び込んできたのは、引っくり返った亀のような状態で上から落ちてきた人の姿だった。次の瞬間、ぽーんと放り出されて宙を飛んだ感覚があった。ぶつかったときの衝撃は記憶にない。ただ、飛んだ感覚だけが記憶に残っている。

 横山が小さな子供だったころ、シイタケ栽培をしていた親戚の手伝いで、週末が来るたびに里山を歩いて駒打ち(シイタケ菌を繁殖させた木片を原木に埋め込む作業)を手伝った。その、山に入っていく感覚が忘れられず、大人になってからも、ひとりで、あるいは友人を誘ってたまに低山に登っていた。子育てが一段落してからは、2ヶ月に1回程度の割合で登山ツアーに参加していたが、「ちゃんと山をやりたいな」という思いが徐々に膨らんできた。山の技術を学べるところをパソコンでいろいろ調べ、2010(平成22)年の4月、地元・千葉県内の社会人山岳会に入会した。

 先輩後輩の上下関係や団体内の人間関係の煩わしさ、団体ならではの決まりごとやルールなどが敬遠され、1980年代ごろから山岳会は衰退の一途をたどり続けているが、横山自身は山岳会に所属することにとくに抵抗はなかった。それまではひとりで山に行くことに不安を感じていたので、逆に安心と楽しみのほうが勝った。入会していちばん最初の山行では山梨県の本社ヶ丸(ほんじゃがまる)という山に登り、「ああ、こんな山があるんだ」と新鮮な気持ちを覚えた。