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「慣れていない人たちは引き返し、慣れている人たちは先に進む」

「慣れていない人たちは引き返し、慣れている人たちは先に進むという感じでした。我々もどうしようかという話をしましたが、雪は降っていなかったし、トレースもはっきりしていて、体力的にも問題なかったので、先に進むことにしました」(田原)

 アイゼンの爪を利かせながら雪の稜線をたどり、最後に岩峰を登り詰め、午後12時45分、2人は独標のピークに立った。ピーク上は体感で10メートル強の風が吹いており、軽く吹雪(ふぶ)いているといった状況だった。視界は20メートル弱で、ガスの切れ間からは、先にあるピラミッドピークや西穂高岳へと続く岩稜に何人もの登山者が取り付いているのが見えた。

 独標のピークにも入れ替わり立ち替わり登山者がやってきて、少ないときで5、6人、タイミングによっては15、16人の登山者がいた。不慣れな初心者は直下の岩場の登り下りでビビってしまい、渋滞も生じていた。田原と横山は15分ほどピークに滞在して下りはじめようとしたが、順番待ちのためしばし待機しなければならなかった。

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 待っている間、ひとりで来ていた男性の登山者がそばにいたので、立ち話をした。

「混んでますねぇ」

「ええ、どちらへ行かれるんですか」

「明日、錫杖(しゃくじょう)岳に行くつもりです」

「それはすごいですね」

 男性は、身につけている装備とウェア、それに立ち振る舞いから、ひと目見ただけでベテランのクライマーであることがわかった。この日は足慣らしで独標に来たそうで、これから新穂高に下りて笠ヶ岳方面へ向かい、夜はツエルトで寝ると言っていた。

 そうしているうちに人が途切れたので、クライマーの男性、田原、横山の順で、1メートルほど間隔を空けて下りはじめた。独標直下は、岩と雪がミックスした10メートルほどの急斜面となっているが、足元はしっかりしており、気をつければ前向きで下りることができた。大勢の登山者が登り下りしているため、雪にはアイゼンの爪跡が無数についていてザクザクした状態だった。