壮大な山の自然を感じられる登山やキャンプがブームになって久しい。しかし山では、「まさかこんなことが起こるなんて」といった予想だにしないアクシデントが起こることもあるのだ。

 そんな“山のリスク”の実例や対処法を綴った羽根田治氏の著書『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)から一部を抜粋。山岳会同期の2人パーティのうち女性が、上から落ちてきた人にぶつかったために滑落したという信じがたい事故を紹介する。(全2回の2回目/1回目から読む)

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まさか人が落ちてくるとは

 横山澄江(仮名・59歳)が滑落した長野県側の谷に向かって、何度も大声で名前を呼んだが、返事はなく、姿も確認できなかった。それでも諦めずに名前を呼び続けた、山岳会のメンバーである田原敏和(仮名・47歳)のかたわらを、何人もの登山者が通りかかった。そのうち半数以上の人は、「あー、なにかあったんだ」「事故が起きちゃったんだね」などと言いながら通り過ぎていったが、「どうしました?」「なにかできることはありませんか?」と言っていっしょに捜してくれる人もいた。

 事故発生から5分ほど経ったとき、下から登ってきた名古屋の3人パーティが、呼び掛けを続ける田原に「警察には連絡しましたか? まだなら電話しましょうか」と声を掛けてきた。呼び掛けに夢中になっていた田原は、そこで初めて事故の一報を入れていなかったことに気づき、「はい、お願いします」と言って警察に連絡をとってもらい、途中で電話を代わって自分たちの名前や連絡先、現場の位置情報、事故の状況、視界の程度などを伝えた。また、所属山岳会のメーリングリストにもメールを送り、事故の発生を伝えた。

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目視による懸命の捜索

 事故発生直後は風が強く、ガスっていて視界も数十メートルほどしかなかったが、徐々に天気は回復しつつあった。現場には6、7人の登山者が留まって、声掛けや目視で横山を捜してくれていた。そのなかのひとりが、横山が滑落した谷へ下降するために「誰かロープを持っていないか」と聞いてきたが、先のクライマーの男性が「60メートルロープを持っているけど、谷が深すぎて無理だ。下からじゃないと行けない」と言ってその案を退けた。クライマーの男性はしばらく現場に残っていたが、気がつくといつの間にかいなくなっていた。