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朝食のビュッフェにはおせち料理が並び、家内や子供達が大喜びして好みの料理を皿に盛っているのを横目で見ながら、私は控えめに置かれていた屠蘇器セットに目ざとく気づく。
食卓に戻り「ハイ、お屠蘇は縁起ものだから義務だよー」と酒を注ぐと、長男は「うへー、これ不味いんだよな~」と不平をこぼしながら酒器を舐めた。
そして「お風呂は最高だし、食事もメチャメチャ美味いね。お父さん、本当にありがとう」と言った。
形を変えながら受け継がれていく「石原家のお正月」
父が亡くなる前の3年間は母が体調を崩して施設にいたので、年末年始は私たち四兄弟が持ち回りで父が滞在するホテルに泊まったり、最期を迎えた施設に泊まったりしたが、逗子の実家が無くなってからは、基本的に私の家族は一緒に自宅で正月休みを過ごしてきた。しかし、息子がとても喜んでいるのを目にすると、たまには旅先で家族揃って新年を迎えるのも悪くないなと思った。
かつて私が過ごした苗場プリンスホテルでの奇妙な正月休みの経験と同じように、子供たちの中に家族の記憶として残ってくれればこれほど嬉しいことはない。いつかは私もいなくなる。それでも石原家の正月はまた次の世代へと形を変えながら受け継がれていくのだろう。
