今、話題沸騰中の恋愛漫画『幸せになりたいマサムネ君』。何が読者の心をつかむのか、作家・鈴木涼美さんがその魅力を紐解く。(前後編の前編/後編を読む)
全セフレが泣いた
全セフレが泣いた。やがて全彼女が泣いて、全元彼女が泣いて、全女友達も泣いた。そして再びやっぱり全セフレが泣いた。本作『幸せになりたいマサムネ君』の魅力の半分は彼女たちの涙が物語るのだけど、でもそれだけではない。
うだつの上がらない主人公・マサムネ君(26)
マサムネ君は大学時代に書いたブログをもとに出版した本がなぜか爆売れして以来、次作を書きあぐねて出版社でバイトライターのようなことをしている、要は貯金はそれなりにあるけれども一見うだつが上がらないような二十代男子である。
彼には美人で性格も良くてもう10年もそばにいてくれている彼女・モモカさんがいる。しかし最近なんだか彼女から今までにない嘘や距離感が醸し出された気がして、凹んでいるところをチャラい編集者・中田さんに誘われて相席バーに飲みに行くことになる。初めての相席バーで苦手なタイプの戦闘力MAX女子たちを前に委縮するマサムネ君であったが、戦闘力MAX女子のうちの一人とマサムネ君に小説を書くエンジンを投入したい中田さんに押し切られる形でその女子と遊ぶことになり、男遊びに手慣れた様子の彼女と流されるようにセフレ状態になる。彼としてはいかにも遊んでそうな彼女に食われたという認識、なおかつ彼女には距離を取りたい雰囲気をかもしだされているので、加害者という意識はない。むしろ彼女にフラれそうだし女に遊ばれるしで、ちょっとかわいそうな俺。彼女にあんまり連絡してもうざいだろうから、と結構家で暇しているため、セフレからふと連絡があれば会うということを繰り返す。久しぶりに会ったモモカには嫌われたくないあまりに無駄にプレゼントをしすぎて引かれるなど。
恋人になりたい『名前のないセフレ』
一方セフレとなった彼女はたしかにそれなりに男性経験は豊富でかわいい仕草に自信もあり、あの日も友人とつるんで馴染みの相席バーに遊びにいって、好みのタイプであるマサムネ君に出会ったのだった。
遊んでそうな様子もなくピュア系に見えたマサムネ君を落とすことなど容易いといった様子でぐいぐいと押し始めたものの、部屋に遊びに行ってからは、何を考えているのかいまいちわからないし、微妙に自分に興味がなさそうだけれどもエッチの時には優しいマサムネ君を本気で好きになってしまう。いきなり家に行ってエッチだけして帰るなど、恋愛指南書的には付き合えないムーブをかましてしまったものの、これまでの彼氏とは先にエッチしても付き合えていたわけだし、それなりに望みをもって恋愛に邁進していく。しかしマサムネ君から積極的な誘いはなかなかないし、こちらから連絡したら結構すぐに会える割にはそもそも一度も名前で呼んでもらったことがない。そう彼女に、名前はまだない。


