「悶々とした気持ちはずっとありますが、これを読んでその気持ちが、この少年はこういう人間なのだということがわかったら、ヘンな言い方かもしれませんが、ほんの少しですが頭の中の整理がついたんです……。毎日事件のことばかり考えていますが、犯人はこういう気持ちを今も持っていて、こんな人間だということをあらためて思い知らされた。そういう意味ではよかったんじゃないかと……」

 私には返す言葉がなかった。山本はどうして、この制度を利用しようと思ったのか。私はやっとのことで質問をすると、制度を利用してよかったのか、悪かったのか半々の気持ちです。これからも続けて言葉を伝えたいと思っています、とつぶやくように言った。

「公判のときに、犯人が『謝罪の意味がわからない』と言っていたんです。『クズはクズのままでいい』とも言っていた。だけど、人間だったら心境の変化があるだろう、あるんじゃないかと思ったんですね。人としての心を持っているなら、一言ぐらい、謝罪の言葉が出てくるだろうと。言葉が通じる相手ではないとは思っていましたが……。とにかく、『謝罪』の意味がわかっているかどうかを確かめたかったんです」

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 制度を利用することにためらいはなかったかとも尋ねると、「もちろん、ありました」と答えた。涙声になり、ずっと肩が震えている。同じような質問を重ねることに取材者としていつもためらいを感じる。この質問には次のような答えが返ってきた。弁護士の補足も加えて要約してみる。

──公判では、被害者および遺族は意見陳述をすることができる。しかし、眼前に立つ加害者(被告人)に対して、怒りや憎しみ、被害の実態を直接、口頭でぶつけても、被告人がそれに対して答える義務は定められていない。被告人がどのように受け止めたのか、確認するすべがないのが現状である。

 この事件でも、遺族である自分が法廷に立ち、娘に対する思いや、被告人を絶対に許すことはないという気持ちを縷々述べたが、被告人が真摯に耳を傾けているという手応えはなかった。だから、今回の制度を利用すればダイレクトに伝えることができると思った。

 悪い結果になることも予測され、弁護士からも丁寧に説明されたが、話し合った結果、母親は利用に踏み切った──。

 山本が言葉を絞り出した。

「ショックでした。これから先もこのような人間を相手にしなきゃいけないのかと思ったらものすごく嫌ですけど、次にまた私の心情を伝えたとき、どういう答えが返ってくるか……」