というよりも、はなから言葉が通じない相手だとわかっていたから、何とか自分の命を守ろうとして本能的に発した言葉なのかもしれない。しかし、加害者は刃物だけでは死なないと判断したらしく、頭部を鈍器で2回殴りつけた。

 被害者が棒状の物を持って通行しているところを目撃し、同人が被告人のことを敵意むき出しの目で睨みながら奇声を上げているように感じたことを始めとして、被害者に対して立腹し、仕返しをしてやろうと考え、同人の家の前で、帰宅した同人が家から出てくるのを待っていたところ、被害者東側の住人から声をかけられ、被害者について近所でも有名な悪ガキであるという話を聞き、被害者が被告人だけでなく近所にも迷惑をかけているものと思い、この上は、被害者を殺すしかないと考え(中略)、被害者に殺意を持って鉈様の刃物(中略)で失血死により死亡させて殺害した

 これは一審判決文からの引用だが、殺害行為は事実であるものの、動機めいたものはすべて妄想である。事実ではない。読解することが困難な「動機」だと思うのは私だけではないだろう。

 判決文によると──加害者は中学2年生の頃から、他人の言動が、自身の家庭内の会話や言動と連動していると「関係妄想」を抱くようになったという。また家庭内の様子が他人から盗聴、盗撮されていると考えるようにもなった。この頃から自宅にひきこもるようになり、学校に通わせようとする両親に暴言を吐くこともあった。高校にはしばらくは通学していたが、再度ひきこもり、両親に暴力をふるうようになる。高校を中退してからは半年ほど工事現場で交通誘導のアルバイトをしていた時期以外は自宅にひきこもっていた──という。

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 では、加害者と森田さんの息子との接点は何なのか。これも判決文から要約してみる。

──森田の家族が加害者の近くに転居してきたことから、加害者は2人(被害者とその兄)を強く意識するようになる。兄弟は加害者に嫌がらせをしたこともないのに、兄弟から睨まれるなどの嫌がらせを受けていると感じ、被害者が棒を持って遊んでいることを見て、自分が襲われるのではないかという被害妄想にかられた。そして「嫌がらせ」を止めさせるために兄弟を刃物を持って追いかけたり、なぜか入国管理局に兄弟の情報をメールで送り、「不法入国者」であることを確認させようとしたりした──。

 つまり、被害者と加害者には接点はなかった。加害者と都史は話したこともない。加害者は引きこもっている自宅の窓から被害者を監視していた様子もあったというから、一方的な妄想である。