稀なケースだった高裁の判断

 高裁によると、一審で行われた精神鑑定は採用の仕方等に誤りや不整合があったという。高裁が行った精神鑑定で示された加害者の症状は、自閉スペクトラム症。したがって原判決は誤りであるとして破棄、その上でこう書いている。

 被告人は「心の理論」の障害に由来する特徴、つまり、ものごとを自分以外の者がその状況でどのように受け取るかを想像するのが不得意で、そのことが意思疎通の困難さをもたらしている。また、外界の事象と距離を置くことが苦手で、身の回りの出来事を自分にとって特別な意味があることと判断してしまい、それが思うようにならないことから、被害妄想のような考えを結実させやすい。本人なりのこだわりが強く、臨機応変な対応が困難で、一定のパターンに固執しやすい。痛みや刺激に鈍感である反面、音刺激には過敏という特徴もみられる。(中略)被告人の鑑定面接での犯行に関する説明は、当初は単純な否認であったが、やがて多人数で被害者を殺害したとか、他人に命令されて被害者を殺害したというような荒唐無稽なストーリーに変化しており(中略)これらの特徴をDSM-5の診断基準に照らすと、自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害の診断基準を満たしており、そのうちの知能・言語の障害を伴わないもので、重症度はレベル1(支援を要する)に該当する

 DSM-5とは、精神障害の診断・統計マニュアルの世界的基準で、アメリカ精神医学会で作成されている、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの頭文字をとったものである。5というのは第五版という意味である。

 加害者には、犯した行為が犯罪の対象になるという認識はあり、言動等は責任の程度を軽くする要素にはなるが、心神喪失や心神耗弱にあったとはいえず、責任能力があるというのが高裁の判断なのである。

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 弁護側や検察側からも責任能力について争うという控訴趣意書は出ていないが、高裁は被告人の「病名」についての事実誤認を理由に原判決を破棄したのであり、稀なケースといえるだろう。