森田は被害者参加人として刑事裁判に出廷した。意見陳述書(2019年5月)には、息子に対する思い、判決の軽さへの怒り、監督すべき立場の加害者の親の誠意のなさ等が綴られていた。数ヵ所、抜粋したい。森田は息子のことを「君づけ」で呼んでいる。
平成29年3月28日、私は和歌山地方裁判所の法廷で、被告人に懲役16年の判決が言い渡されるのを聞きました。私はまるで風船のように軽い判決に納得できず、裁判所に裏切られたような気持ちでした。(中略)私達遺族の人生はこの事件で一変しました。なのに、懲役16年という判決に耳を疑いました。都史君は何も悪い事はしていませんし、幼い子供です。(中略)あんな酷い殺され方で命を落としたのに、なぜたった16年なんでしょうか
(前略)子供とも思わないようなやり方、徹底的に息を止めるまでやる。あまりに酷すぎる。一審の判決から今日まで、すごく長く感じています。一審の判決後、少しでも真実を知りたいという思いから、損害賠償請求をし、民事の判決も出ました。その間、被告人は自分の犯行を全面的に否認し、一切の弁償に応じようとしませんでした。(中略)被告人は今にいたるまで、都史君にも私達家族にも、一切、謝罪も弁償もしていません
私の正直な思いは、最初から最後まで被告人を死刑にしてほしいということです。都史君の命を奪ったんだから、命をもって償ってほしい、それが公平なさばきだと思います
「どうか私たちをこの苦しみから一日も早く解放してください」
私が再び紀の川市を訪問したとき、森田は2回目に行った心情等伝達制度の「心情等伝達結果通知書」を受け取っていた。2025年1月に、前と同じ最寄りの刑事施設で「録取」が行われ、翌2月初旬には結果を記した書面が届いたという。
森田は2回目の「心情等録取書」では、1回目のときは具体的な謝罪方法が示されていなかったことについて怒りを示し、1回目よりも長く、A4判用紙2ページ近くにわたって、加害者はもちろんのこと、加害者の親の誠意のなさに対して不満をぶちまけた。何ヵ所か抜粋する。
(前略)私ら被害者遺族に対して、加害者側は、全く何の謝罪もしていない。ましてや、加害者の親も命の大切さを言っているにもかかわらず、自らについては、今回の件に対して、全く何の具体的な謝罪もしていないことに納得がいかない。さらに言えば、あれだけの悲惨な内容の事件でもあるのに、子供が成人しているからと言って、加害者の親が何の行動もしていないというのは、社会的に考えても道理にかなわないのではないか。(後略)