数知れぬ名優たちとの出会いは、その役者生活に活力を与えてきた。

頭をよぎる昭和を代表する名女優の言葉

「いちばん幸せなのは、この人はうまいなあと感じて、それにくっついていこうと思う時。これは快感ですね。振り返ってみると、ずいぶんうまい人たちと一緒にやってきたなと思います。相手役によりますよ、それは。自分も頑張らなきゃいけないけれども、相手と合わなければうまく行きません」

 相手役の大切さを思う時、頭をよぎるのは昭和を代表する名女優の言葉だ。

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「『自分の台詞を覚えるより相手の台詞を覚えなさい』と言われていたのは山田五十鈴さんです。つまり相手があって、こちらは芝居ができるんだと。自分が攻撃的な演技をするばかりではなく、相手を受けて返していく、それが芸の力なんです。大切なのは相手の気持ちを察していくことですよね」

俳優の仲代達矢さん

 柔和な表情で話を続ける彼のまなざしはこの時、強い輝きを放った。

「相手を推測しない、許さないから戦争は起きるんです。相手の気持ちになって考えてみれば、許せるということもあるでしょう。だから『忠臣蔵』というのも、私はどうなのかなと思ったりするんですね。仇討ちから戦争が始まるのは現代でも同じじゃないですか? 許せばいいんです」

 そろそろ戦いはやめて、安らかな気持ちでやっていきたいと、彼は自身の役者人生に関しても先行きを語る。その声は艶やかで、いまだ張りを失っていない。多くの役柄を演じ、無名塾では後進の育成に力を注いできた、これまでの70年はとても幸福だった。

「役者というのは、役者向きの天賦の才があるか、運がいいか悪いか、どれだけ自分で勉強できるか、この3つなんです。私に持って生まれたものがあるかどうかはわかりません。運がいいかもわからないですよ。ただ勉強は自分でできるわけで、それしかないですね。今後どこまでやれるか自分でもわかりませんけれども、一瞬一瞬を生きていきたいと思います」

写真=杉山拓也/文藝春秋