「あの屋根を見た時には元気が出ました」
回収作業は昨秋、瓦バンクや坂事務所のメンバー、全国から日蓮宗の青年僧が集まり、約2400枚を確保した。本堂の瓦は1990年の台風被害でふき替えたので35年近く経過していたが、きれいなままだった。それほど丈夫だったのである。
回収した瓦は2024年12月、同じ珠洲市内の見附島(通称・軍艦島)近くの公園に建てられた仮設住宅の集会所に再利用された。
「なかなか復旧が進まないと、気持ちが沈みます。でも、あの屋根を見た時には元気が出ました」と大句住職は嬉しそうに語る。同地にある135戸の仮設住宅は、市営住宅に転用される見込みで、集会所も長く使われることになりそうだ。
ただ、寺の再建はメドが立っていない。「檀家は9割ぐらいが家を失いました。自宅がないのに『寺を建てよう』とは言えません。『まずは皆さんの家です。それからお墓を直しましょう。本堂はその次』と申し上げています」と大句住職は話す。墓はまだ、あの日のままに近い状態だ。
それでも仮本堂だけは建てることにした。坂茂さんの設計で、屋根には救出した瓦を使い、鬼師の森山さんが作る宝珠を天頂に載せる予定だ。
他にも再利用の事例がある。
最果ての景観がよみがえった
能登半島の最果てとなる珠洲市狼煙町。その先端に近い禄剛崎には禄剛埼灯台がある。
同地でも解体される民家から救出した瓦を、新しく建てた集会所に使った。建築家の伊東豊雄さんが中心になって進めている「みんなの家」のプロジェクトだ。東日本大震災以降、被災地には多くの「みんなの家」が建てられており、能登半島地震の被災地では6棟が計画されている。2025年7月に完成した「狼煙のみんなの家」はその第1号だ。
狼煙町は石川県の景観総合条例で黒瓦に統一された家並みを守ってきた。同条例では景観形成重点地区が定められており、狼煙町がある日置地区は2014年3月に指定された。屋根は瓦、壁面は下見板張にするなどの景観形成基準があり、一定の開発には届出や申請が必要になる。下見板張とは横板をよろいのように重ねて張りつけた板壁で、能登では黒瓦と相まって独特の景観を作り出している。
こうして美しい黒瓦の建物が蘇っていく。だが、再利用には大きな課題があった。
撮影=葉上太郎
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