使いまわしはしない
両国国技館の場合、場所中以外は床下に土俵が格納されていて、前の場所で使用した土俵がスイッチひとつでせり上がってくる仕組みになっています(巻頭グラビア参照)。先場所で使用した土俵も、表面を雑巾がけすれば見た目は綺麗になめらかになるので、断髪式など花相撲の場合はそのまま使用することもできます。しかし、本場所で使う土俵は場所ごとに壊して造り直します。土俵の土台となる部分も固めた土でできていて、この部分は数十年のあいだ造り直す必要がない強度になっていますが、土俵表面約15センチと、側面部分の土は必ず本場所前に壊し、新たに土を盛って造り直す。これには、大きな意味があります。
土俵は、力士が相撲を取るだけでなく、神様が宿る場所でもあるのです。本場所の初日前日に行われる「土俵祭」では、土俵に神様をお迎えするため、立行司が祭主となり、脇行司を従えて『方屋開口(かたやかいこう)』という祝詞を奏上し、供物を土俵に埋めて捧げます。「方屋」とは土俵のことで、その口上の中には「清く潔きところに清浄の土を盛り、俵をもって形となすは、五穀成就の祭りごとなり」という一節があります。神様が宿る土俵は清らかでなければならず、決して使いまわすことはできないのです。ちなみに千秋楽には「神送りの儀式」として、神様を天にお返しし、土俵の鎮め物を取り去るので、土俵を壊す時には相撲の神様はいません。
土俵築には、東京場所で約8トンもの土を使用しますが、全ての工程を手作業で行います。そのため完成して土俵祭を迎えるまでには、3日間の作業時間を要するのです。
まず、九州の鍛冶屋に頼んで作ってもらっている特注のクワを使って古い土を壊す。若手から中堅の呼出たちを中心に約20人がかりで作業し、1時間ほどかけて壊した土をトラックで搬出します。力士が仕切りで塩を撒くでしょう? 塩が混じった土は産業廃棄物となるので、再利用ができないんです。
古い土を搬出したら、トラックで運ばれてくる新しい土を、土台の上に盛っていきます。本場所では、東京と埼玉を流れる荒川河川敷の“荒木田の土”が使われていて、大阪、名古屋、九州にもこの土を運び込んでいます。土俵を造るにあたっては土の質が非常に大事で、この荒木田の土は他の土に比べて粘度が高く、ひび割れしにくい。さらに、適度に砂が含まれているため滑りにくく、土俵にピッタリなのです。
※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋12月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(克之「土を叩き固め、神を宿す――伝統の妙技 『土俵築』」)。全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・「テンテン」も呼出の仕事
・歯を見せてはいけない

