終戦から80年の歴史の中では、人の心をときめかせるさまざまな「ワクワク」が生まれた。さまざまな著名人が自身の「ワクワク」を掘り起こす特集「戦後80年の懐かしいとワクワク」から、イチ押しの記事を紹介します。[全6記事]
土井善晴「純粋に不味いもの」
「昔は純粋に不味いものがあった。カレーライスも不味かった。だから大人は無条件にソースをかけた。それがかっこよく、家に帰って真似をしたら、父に『作った人がいるんだから、少し食べて足りなかったらかけなさい』と窘められた」

細野晴臣「大瀧詠一くんからの電話」
「20代の頃、アメリカ西海岸のサイケデリック音楽を手に入れたいと思っていると、大瀧詠一くんから電話がきた。大瀧くんが『探してたアルバム、新宿の店にあるよ。僕が番をしてるからおいで』と(笑)」

会田誠「立ち読み」
「小学校時代に読んだマンガの95%は立ち読みだったろう。残り5%の自分が所持できたマンガは、たまに会う優しい祖母が買ってくれたものや、友達から借りたまま返さなかったものだが、文字通り擦り切れるほど何度も読み返した。一方の95%は…」

菊地成孔「熱海への夜行タクシー」
「妻と彼女の店のホステスさんたち、それから今でいう太客の人たちで、タクシーを4台ほど捕まえて、飲みながら夜中に熱海に行った。熱海に着いたら朝になったけれど、『朝風呂だ!』なんて言って…」

稲田俊輔「第一次エスニックブーム」
「タイ料理を始めとするエスニック料理のお店は、カジュアルイタリアンより更にお財布に優しく、しかもどこか文化的な雰囲気を纏っていました。初めてタイ料理を食べた時は…」

高山みなみ「幻のたぬきラーメン」
「(小学校)2年生になると、♪たぬーきラーメンだれのもの たぬーきラーメンだれのもの そのラーメンぼくのものー(メロディーはよく覚えているけれど、歌詞が正しいかどうかは自信がありません)というCMソングが白黒テレビから流れ…」

