『ルックバック』に描かれていないもの

──なるほど。その後、どうなったんですか?

古泉 その直後、藤本タツキ先生の『ルックバック』との運命的な出会いがあるわけです。マンガは以前から読んでいたんですけど、劇場アニメ版『ルックバック』を観て、すごく感動したんです。主人公たちの創作に対する真摯な姿が描かれているじゃないですか。そのピュアな気持ちに感動しました。

──その感動が、創作につながったわけですか。

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古泉 そうなんです。『ルックバック』を見て、「自分にも書けるかな」ってふと考えたんです。いわゆる「漫画家マンガ」ですね。僕はよくパロディを考えるんです。たとえば、大林宣彦監督の映画『転校生』をもじったのが『転校生 オレのあそこがあいつのアレで』で、男女の心が入れ代わるかわりに性器が入れ代わる(笑)。やはり、オリジナルで描かれてないものを描かなきゃイカン、と。

――『ルックバック』で描かれていないものとは何ですか?

古泉 『ルックバック』では漫画家を目指す女の子ふたりは先生とアシスタントみたいな関係で、ふたりともマンガが大好きじゃないですか。僕はこれを男子高校生ふたりが原作と作画を担当して、ひとりはマンガに全然興味がないヤツだったら面白いんじゃないかなと思ったんです。

──なるほど、なるほど。

古泉 『ルックバック』をモチーフにして、クライマックスに『出張編集部』を持ってきたら、ひとつの作品になるんじゃないか、と思いついたんです。そんなアイディアを話していたら、弟子の高橋君が「『スラムダンク』をディスるのはどうですか」と言い出して、「最高だね!」って。マンガ好きで井上雄彦先生の『スラムダンク』をクサすやつなんていないよ、って(笑)。

──級友たちが『スラムダンク』の話題で盛り上がるのを耳にして、ボンクラの長谷川が「あんなマンガのどこが面白れーの?」と毒づくシーンですね。

古泉 作中で『ドラゴンクエスト』もディスっているんですが、それは小5の息子の体験が元になっているんです。息子が『ポケモン』を始めた時、ロールプレイングゲームなのに村人を全員素通りするんですよ。「なんで話を聞かないんだ」って聞いたら、「誰もろくなことを言わない」って。すごくショックを受けました。そういう過程をひとつずつつぶしていくのが面白いんじゃないか、と。それでもクリア出来ちゃうことにもびっくりして。そのときの記憶もあって、長谷川が『ドラクエ』をディスっている最中に異世界転生マンガを思いつく、というエピソードが生まれました。

──さまざまなエッセンスが詰まっているんですね!

古泉 作中では『ゲーム・オブ・ドラゴン』というタイトルで登場しますが、もともとは連載用の企画として考えたものなんです。『タクティクスオウガ』というゲームがあるんですが、クリアすることだけに専念してやってみると、ストーリーが全然楽しめなかった。

 そこで2回目は、どんどん仲間を増やして、家族や元カノ、昔の同級生なんかの名前をつけて、嫌いな人をネクロマンサー(死者を霊を操る魔術師)にしてパーティーに加えたりしたら、すごく盛り上がった。こういう感じで、知り合いをキャラクターとして異世界マンガに登場させたら、面白いんじゃないかと思いついたんです。

──色々な要素が集まって、『ゲットバック』の原型が出来上がったわけですね。

古泉 そうです、そうです。

──完成したネームのネタ出し会での評判はいかがでしたか?

古泉 すごく良かったんです。妻も「あなたのマンガのなかで一番いい」とまで言ってくれました。

──『ゲットバック』というタイトルは、やはり『ルックバック』を意識して?

古泉 はい。『ルックバック』はオアシスの「Don't Look Back in Anger」から取ってると思うんですけど、オアシスはビートルズの影響を受けているじゃないですか。で、ビートルズには「Get Back」がある。そういう連想です。

──なるほど。アンサーソングでもあるわけですね。

古泉 このタイトルなら『ルックバック』への敬意も示せるし、内容にも沿っているなと。『ルックバック』が漫画家として成功する人の話なのに対して、こちらは失敗した人が「取り戻したい!」と叫ぶ内容なので。

──長谷川が空を飛ぶシーンがありますが、あれも『ルックバック』へのオマージュですね。

古泉 『ルックバック』では主人公の女の子が農道をスキップするんですが、僕はこのシーンが大好きで、マンガでも映画でも何度見ても泣いちゃうんです。

連載が決定、「空も飛べる」くらい喜ぶ長谷川

漫画家マンガ」は最後のネタ

――漫画家をテーマにしたマンガ、いわゆる「漫画家マンガ」は、これまでにも数多く描かれてきました。

古泉 漫画家マンガはずっと「最後のネタ」だと思ってたんです。描くものが何にもなくなるまで取っておこうと。でも、56歳でキャリアも終盤なので、もういいかな、と。デビューが一緒だった福満しげゆき先生が最初から漫画家マンガを描いていて、「初めからこれ書いたらまずいじゃん」って思ってたんです。でも、その路線で何十年も活躍されているのを見て、自分が間違ってたんだな、と(笑)。

──このジャンルの作品は読まれていましたか?

古泉 藤子不二雄先生『まんが道』は読んでいます。島本和彦先生の『アオイホノオ』とか、小林まこと先生の『青春少年マガジン』も読みましたけど、やっぱり面白いですよね。

──『ゲットバック』は、そうした先行作品とも一線を画す、非常に現代的な漫画家マンガだと感じます。

古泉 このマンガは、どこにも採用してもらえなくても、自費出版で出そうと思っていました。正直、漫画家が編集者を襲うなんて内容のマンガを描いたら、誰も相手にしてくれなくなるだろうな、という気持ちもあったんです。「やべえやつだ」って思われるだろうな、と。

──それほどのご覚悟で──。

古泉 もちろん、僕自身がそんな思いを抱いているわけではなく、あくまで創作なんですけど。思いついちゃったらどうしても形にしたい、という気持ちがあったので、本になってよかったです。ぜひ、読んでみてください。

 

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こいずみ・ともひろ

1969年生まれ、新潟県出身。漫画家。専修大学文学部心理学科卒業。93年、「ヤングマガジン」ちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。主な著書に『ジンバルロック』『ワイルド・ナイツ』『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』など多数。映像化された作品も多く、『青春☆金属バット』(熊切和嘉監督)、『ライフ・イズ・デッド』(菱沼康介監督)、『渚のマーメイド』(原題『ミルフィユ』・城定秀夫監督)、『死んだ目をした少年』(加納隼監督)、『チェリーボーイズ』(西海謙一郎監督)が映画化された。

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