「え? クマ?」自宅の前に人だかりが…
最初は自分の敷地内の路地に、なぜ若い女性が入り込んでくるのか状況がよくわからなかった。不思議に思って作業場の扉を開け、ふと左を向くと表通りに車が停まっていた。
男性がその女性を車に乗せたあとで、こちらに向かって「クマです!」と言って走り去った。「え? クマ?」とつぶやき、状況を呑み込めず通りに出てみると、警察官を含めた人だかりができている。
交差点の角にある整形外科の前で、お婆さんが小さくなって座り込んでおり、「クマが出て人が襲われた」ということは把握できた。
その日は秋田市で会議の予定があり忙しくなりそうだったので、いったん湊屋さんは作業場に戻ることにした。
だが、ふと車庫のシャッターが全開だったことを思い出す。「あれはクマに入られると危ないな」と思い、恐る恐る車庫まで行ってシャッターを下ろしておいた。朝の8時半だった。
騒ぎを聞きつけたマスコミが質問攻めに
すると間もなく、9時を過ぎたころにマスコミが複数やって来た。湊屋さんは、県の子供会会長から、漁協連合会代表理事、米代川水系サクラマス協議会会長、日本バター餅協会会長などたくさんの肩書を持ち、地元のためにボランティア活動もしているため、マスコミにも知られた地元の名士だった。
「湊屋さんの店の敷地内でクマ騒動があったらしい」。そんな情報を聞きつけた記者たちは「クマに襲われた女子高生を見ましたか?」と尋ねてきた。
どうやら、作業場で聞いた若い女性の声は女子高生だったらしい。登校中に「鷹松堂」の目の前にあるバス停に立っていたところ、通りの向こう側からものすごいスピードでクマが走ってきたという。
女子高生は思わず振り向いて駆け出し、入って行ったのが「鷹松堂」敷地内の路地だった。
しかし、彼女はすぐにクマに追いつかれ襲われてしまう。そこに偶然、車が通りかかり、運転席の男性が避難するように呼びかけた。女子高生は何とか車の後部座席に乗り込むことができたため、そのまま自宅へ送られ、家族と病院へ向かったという。
記者からの取材に「自分は一部始終を見ていたわけではない」「叫び声が聞こえたので作業場から外の様子を見に行った」などと話しているうちに、秋田市の会議へ出かける時間になってしまった。
新規の取材を断り、急ぎ支度をして11時に車に乗ろうと裏の車庫へと向かい、シャッターを開けたそのときだった。
距離1.5mの目の前に大型のツキノワグマが、まるで湊屋さんを待ち構えていたかのように、四つん這いでこちらを睨んでいた。クマは、湊屋さんがシャッターを閉める前に車庫へと入り込んでいて、この瞬間まで閉じ込められていたのだ。


