未曾有のクマ被害が続く日本社会。現場では一体何が起きているのか。2023年10月、秋田県で大型のクマに襲われた当時66歳の男性・湊屋啓二さんに話を聞いた。
命からがらクマから逃れた湊屋さんは、救急車の到着を待っていた。ふと鏡の中の自分を見ると……。(全2回の2回目/最初から読む)
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「ブッチャーの10倍は流血していましたね」
襲われてすぐに左目が見えなくなったのはわかっていた。命からがら作業場へと逃れ「目をやられたな」と思って鏡を覗くと、なんと手のひらほどの範囲の頭皮がはがれ、銀色に光る頭蓋骨が見えていた。
しかし湊屋さんは慌てず、2枚のタオルで出血を抑え救急車を待った。その2枚のタオルがすぐに滴り落ちる血で真っ赤になるほど、出血量は凄まじかった。
「流血戦で有名だった悪役プロレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーって知っています? ブッチャーの10倍は流血していましたね。この説明わかりやすいでしょう? 若い人に言ってもわからないけどね。大体それで年齢がバレるよね(笑)」
湊屋さんは“5人目の被害者”だった
どこか冷静だった湊屋さんとは逆に、いきなり無残な夫の姿を見た奥さんは、相当なショックを受けた。その日以来、今でも通りに面した店舗はクマを恐れて閉じたまま。湊屋さんが「そろそろ店を開けたい」と奥さんに頼んでも、その願いは聞き入れてはもらえていない。
「オレは、血を見ても平気。なぜかって、いつも事故現場に遭遇してしまって、血だらけの人を何回も助けているんだよね。道路で血を流して倒れているお婆さんとか、自転車に乗った爺さんが側溝にはまってバラ線に絡まって血だらけになっていたりね。いつもオレが通報するから消防署でも有名人さ」
そのクマは、女子高生や湊屋さんを襲う以前に、既に3名にケガを負わせていた。まず、鷹松小学校の近くで、散歩中のお婆さんが2名、クマにやられた。
その後、「鷹松堂」から240mほど南下した大町1丁目交差点角にある「JA秋田たかのす」で、20代の若い女性にも襲いかかろうとした。彼女は、JAの建物の雪よけフード付きの階段を駆け上がって難を逃れケガはしなかった。
しかし、その後クマは町を走り回り、先ほどとは別の散歩中のお婆さんや「鷹松堂」前のバス停に立っていた女子高生など合計4名を襲ってケガをさせていた。そして湊屋さん宅の車庫へと逃げ込み、彼が5人目の被害者となったのだ。
「お婆さんは健康のために散歩していたのに、クマに襲われてさ。悲劇だよ。誰もこんなところにクマが出ると思わないからね。
アーバンベアー(市街地に出没するクマ)は怖いよ。オレは左目の眼球を爪でやられたけど、あと5mm爪が深く入っていたら目玉が破裂していたね。危なかった。三苫の1mm、湊屋の5mmだよ(笑)」


