右耳の耳たぶを欠損。背中には無数の切り傷が…

 湊屋さんのケガは深刻だったため、すぐにドクターヘリで秋田市内の病院へ運ばれた。頭部を30針、左目の下と唇を2針ずつ縫い、右耳の耳たぶも欠損。背中には無数の切り傷を負った。

「オレは子供が5人いるのだけれど、東京から息子も駆けつけて、さすがに家族全員集合したね。全身麻酔で意識が朦朧としていたからよく覚えていないんだけれど、8日間入院しました。

 ベッドに寝ていたら背中に激痛が走るのよ。どうしてこんなに痛いんだろうかと思って、看護師さんに言ったら『写真撮ってあげましょうか?』って。それを見て自分でびっくりしたよ。背中が引っかき傷だらけ。

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背中の傷。駆けつけた救急隊員から「シャツを切ってもいいですか?」と聞かれたという(本人提供)

 そのうえ退院した日、奥さんと娘が車で迎えに来て帰りはオレが運転しようと思ったんだけれど、耳がすごく痛いの。だから娘に『お父さんの耳、どうにかなってる?』って聞いたら娘が後ろから見て『お父さん、耳が小っちゃくなってるよ!』って。

『えーっ?』って、車のルームミラーで自分の耳を見て、初めて右耳の耳たぶがないことを知りましたね。病院で何も言ってくれないのよ」

右耳の耳たぶはほとんど失われたが、今は痛みはほとんどない(写真:風来堂)

 明るくアクティブな湊屋さんの自慢は入院歴、点滴歴、発熱歴なしだったことだった。クマに襲われるまでは、の話だが。

 バイクで転んだり、釣り針が指に刺さって爪を貫通したり、鋭い牙を持ったヒョウのはく製を踏みつけてしまい、足の裏に牙が刺さったこともあったが、いずれも大事には至らなかった。

「それが一気に来ましたね。頭の傷はホチキスでバンバン止められて、朝と晩に抗生物質の点滴を毎日2本ずつ。風邪をひいても発熱したことはなかったけれど、さすがに熱は出たね。頭皮は剥がされたけれど、頭蓋骨が割れなかったのは、毎日カルシウム・葉酸・鉄分入りの牛乳飲料を飲んでいたからじゃないかな?

 頭の真ん中にズボンと爪が入ったみたいで、まだそこは凹んでいますよ。あともう少しで骨が割れるところだった。今でもズキンと痛むね。

 それにしても、自分で鏡を見たときに、頭蓋骨が銀色に光っていたから驚いたね。普通は白いと思うでしょう? 医者の兄貴に言ったら『それは骨膜じゃないか?』って。オレは、焼かれる前に自分の骨を見た男だよ(笑)」

クマに備えていても「どうにもならなかった」

 町中でのクマによる衝撃的な人身事故を、マスコミが放っておくはずもなく、国内ばかりではなく世界の新聞社やドキュメンタリー番組制作者、通信社などからも取材を受けてきた湊屋さん。

「なぜ世界のマスコミが殺到するのかっていうと、オレが考えるに、これだけの先進国で野生動物に人がたくさん襲われている国がほかにはないからじゃない? 死亡者も多いでしょう? 珍しいんだと思うよ」

 クマに襲われて今思うことは? と聞いてみた。

「ありきたりだけれど、やっぱりクマには気をつけなきゃだめだよね。クマを甘く見ちゃいけないなと思います。

 父親がハンターだったし、猟師の知り合いもたくさんいて、いろいろな話を聞いていたからクマには気をつけていたのよ。山に行くときはクマ対策でナイフとクマスプレーは必ず持って行っていたしね。けれど、いざ襲われたときにはナイフもクマスプレーも全部車庫の中さ。どうにもならなかったよ」