「ゆるい感じでやってた」小学生時代はオーディションで落選続き

――小学生時代の仕事で記憶に残っているものは?

田中 『家なき子』のオーディションに行ったことがある……気がする。「1」のほうじゃなく、「2」だったかな? まあ、落ちてますけど。懐かしくないですか。

――安達祐実さん主演のドラマですよね。「同情するなら金をくれ」って皆言ってました。

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田中 すごく流行ってましたよね。だからたぶん、そういう流行りのドラマに出られる人になりたい!  みたいなモチベーションでやってたんだと思います。

――急に大人の世界に入ったことで戸惑いはなかったですか。

田中 それもあんまりなくて。とにかく学業優先だったので、オーディションでも仕事でも、「学校は休みません。学校が終わった後だったら大丈夫です」というスタンスでやってました。

 そんなゆるい感じでやってたせいか、小学校時代はオーディションに行っても落ちてばっかりでしたね。

デビュー当時の田中美保さん(写真=本人提供、集英社『Miho』より)

――はじめはモデルではなく俳優を目指していたんですね。

田中 事務所が俳優で押し出してくれていたんですけど、箸にも棒にもかからないまま、結局、中学生の時に初めてファッション誌をやらせてもらったんです。それが『プチセブン』でした。

髪型をショートにして『セブンティーン』で大ブレイク

――90年代の『プチセブン』って、めちゃくちゃ人気雑誌でしたよね。

田中 あの当時って、『セブンティーン』派、『プチセブン』派、『non-no』派とか、お気に入りの雑誌がそれぞれあったじゃないですか。

――そうでした。

田中 私は当時『プチセブン』派だったから出られたのはすごい嬉しかったんですけど、1カット載った以降、話もなく(笑)。

 その後、高校生の時に『セブンティーン』のカメラテストに受かって、『セブンティーン』がすごいいっぱい使ってくれました。ありがとう、『セブンティーン』(笑)。

――『セブンティーン』で田中さんの人気が爆発しました。理由はなんだと思いますか?

田中 何ででしょうねえ(笑)。ひとつあるのは、私、高校に入る前にショートにしたんですけど、そのタイミングでショートのモデルの子が周りにいなかったのかもしれないですね。で、たぶん、ショートにした方が垢抜けたんだと思います。

 

――何でショートにしたんですか。

田中 ずっと切りたかったんですけど、親がロング好きでなかなか切れなくて。で、ようやく中3の卒業式前に初めて表参道の美容院に行ってバッサリ切ったんです。それまでは1000円カットだったので。

 そこから結構使ってもらえるようになったんですけど、当時はバイトもしてまして。