アメコミ映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)や、ゲーム『モンスターハンターワイルズ』(2025)など様々な作品に出演している声優のニケライ ファラナーゼさん(31)は、特徴的な声質と明るい人柄を武器に、年々その活躍の場を広げている。イラン人の両親のもと日本で生まれ育ち、声優というキャリアを選択した彼女に、これまでの歩みを振り返ってもらった。

ニケライ ファラナーゼさん ©︎榎本麻美/文藝春秋

求めていた“日本人らしさ”は幻想だった

 在日イラン人であるニケライさんの両親が来日したのは、ニケライさんが生まれる少し前のことだ。イラン・イラク戦争(1980~1988)を経験し、「このままイランで生活していくことは難しい」と海外移住を決めたのだという。当初は収入が安定したらイランに戻ろうと考えていたが、ニケライさんを妊娠したことがきっかけで、日本に住み続けると決めたそうだ。

「戦争がなければ、私は日本で生まれていないし、日本で育っていない。そういう意味では、戦争と私の家族の歴史は切り離せないですね」

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 ニケライさんは日本で生まれ、日本で育った。しかしそれでも、幼少期からずっと心の中に「日本人になりたい」という思いを抱えていたのだという。外国にルーツを持つマイノリティとして、“日本人”という枠組みから疎外されてきた経験が何度もあったからだ。大人になって改めて葛藤と向き合うことになったのは3年前、日本国籍に帰化したときだ。

「いざ帰化してみると、私自身は何も変わらないんだなって。もちろん、国籍がイランから日本に変わったので、戸籍上はとても大きな違いはあります。だけど、中身は全く変わらないじゃないですか。日本国籍を取ったから“日本人”になるのではなくて、日本で一生懸命生活を営んでいる人が“日本人”なんだなって」

 これまで自分が求め続けてきた“日本人らしさ”は幻想だった――。そう気づいたニケライさんは、帰化するときに名前を漢字に変える選択をしなかった。これまでの人生で、カタカナのフルネームで不便な思いをした経験があったにもかかわらずだ。

「帰化するとき、一般的には苗字を変えて、「山田ファラナーゼ」みたいにするんです。というのも、カタカナのフルネームって今の日本で生活するのに苦労することが山ほどあるんですよね。私が一人暮らしをする際も、外国籍であることに加え、カタカナのフルネームという理由で、部屋を借りるのに半年くらいかかりました」

©︎榎本麻美/文藝春秋

 それでも名前を変えなかったのは「これからも親からつけてもらった大切な名前で生きていきたい」そう強く思ったからだという。在日イラン人の両親を持ち、日本で生まれ育った。それこそが自分であり、取り繕う必要はないと考えている。声優としての今後の活躍も「ニケライ ファラナーゼ」という名前で世間に刻まれていくのである。

「声があまりにも似てる」運命的な役との出会い

 役者を志し演技の学習を続ける中で、声優の道を選んだ理由の1つとして「見た目のせいで役が限られる」と言われた経験を明かしてくれたニケライさん。心ない言葉に折れることなく、自分らしく輝ける場所を探し続ける日々の中で運命的な出会いがあったという。それが、マーベル・コミックを原作とするアメコミ映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』における、主人公シャン・チーの親友ケイティー役の日本語吹き替え版キャストだった。

「ケイティ役は、(演じるオークワフィナに)声があまりにも似ているからという理由でボイステストを受けさせていただいたんですよね。我ながら『声もバイブスも似過ぎだ!』と思いましたね」

 そんなニケライさんの演技は、ラッパーでもある俳優・オークワフィナのファンキーな声を愛する映画ファンに支持された。それ以降、未発表作品も含めて7~8回はオークワフィナが演じた役の日本語吹き替えを務めているという。自分らしさを大事に、ありのままの姿で奮闘してきたニケライさんの努力が結実した1つの成果だった。

©︎榎本麻美/文藝春秋

「今まで培ってきた大切なご縁があったからこそですよね。本当に一人の力ではできるわけがないので、ボイステストに呼んで下さったディレクターの依田孝利さんをはじめ、関係者の皆さんに感謝です。いつかオークワフィナさん本人にも直接会って感謝を伝えたいです! 彼女のおかげで、素敵な景色をたくさん見せていただいたので」

 キックボクシングや柔術で体を鍛え、趣味の日本史に関する名所を巡るなど、本業以外でもアクティブな活動を続けるニケライさん。「役者は生きてきたものすべてが糧になる」という言葉通りに、これからも“自分らしさ”を見せつけ続けてくれるに違いない。

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 ニケライ ファラナーゼさんが語る、海外にルーツを持つことで経験した苦労や葛藤や、声優として最初に参加した作品、ファンキーすぎる驚きの“格闘技で負傷”エピソードなど、さらに詳しいインタビューの全文は、

#1『「幼少期から『日本人になりたい』気持ちがあったけど…」在日イラン人の両親を持つ声優(31)が、帰化するとき“漢字の名前”を選ばなかった本当の理由
#2『「見た目のせいで役が限られる」と言われたことも…イランにルーツを持つ声優・ニケライ ファラナーゼ(31)が「マーベル作品」の吹替で出会った“運命的な役”
#3『「収録中に自分の顔を見たら、鼻が曲がっていて…」『モンハン』声優・ニケライ ファラナーゼ(31)が語る、武闘派ならではの“まさかのハプニング”

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